初出■1896年[明治29年]
紹介
泉鏡花の幻想的な短編集。
「竜潭譚」は、どことわからぬ山中で子供は迷い子となり、その姉は心配して探
しに出るが、毒虫に刺された弟を姉は他人と見誤ってしまう。
その弟は大沼の縁で倒れてしまうが、不思議な女性に助けられる・・・
岩波文庫 . 1987
【感想】1996.3.19
鏡花の作品は読んでいて、目眩がします。それは華美な日本語の使い方により
ます。ですからいったん物語についていけなくなると、逆にとってもつまらない
作品になってしまうこともあります。
しかしそれでも、その鏡花でしか成しえない文章の美学に触れているだけで、
満足していることが多い私ですので(笑)、果たして内容を理解して読んで心に
残っているものというのは、意外と少ないのです。
ですから鏡花の作品はどれも好きといえば好きなのですが、人に勧めるとなる
と何を進めて良いのか、実はよくわからないのです。何でも良いから手にとって
読んでいるうちに、玉虫のような文章に巡り会うことができる。そんな神秘的な
作家だと思っています。
う~ん。苦しい説明ですね。つまり私は鏡花という作家をよくわかっていない
のです(笑)。
そしてこの『竜潭譚』なのですが、そんな頼りない鏡花体験の中では、けっこ
う印象強く焼き付いている、幻想的で神秘的なお話だと思います。「幽玄」的な
と言い換えてもいいでしょう。でも感想は?と聞かれると心象的にしか語ること
ができないのです(笑)。
かつて日本のどこにでもあった山深い里のうっそうとした森の中にある鎮守
の杜。心を潜めて聴くと聞こえる小川のせせらぎや小さな虫たちの声音、永遠
に近づいていくような風のなびきと森の木々の葉ずれが震える音色の繰り返し。
まるで過去に遡って行くかのような異界の訪れ。
かつて私たちも森の一部として生きていた頃の既視感、あるいは隔世遺伝。
露出した肌が密度の濃い空気に触れて、包み込むような優しさを喚起する甘露
のような時空間。その魅力に捕らわれて、もう家には帰れないのではないかと
いう畏れと終わることのせつなさ。
鏡花の綺譚は全て「非日常的」なお話しで、こころを澄まして読むといろんな
ものを感じることができます。
ここに登場する鎮守の杜に咲くツツジの美しさはこの世のものではありません。
羊男
物語千夜一夜【第百四夜】