村上春樹

『蛍・納屋を焼く・その他の短編』

『TVピープル』 

『国境の南、太陽の西』 

『ねじまき鳥クロニクル・第一部泥棒かささぎ編』 

『ねじまき鳥クロニクル・第二部予言する鳥編』 

『ねじまき鳥クロニクル・第三部鳥刺し男編』 

『スプートニクの恋人』 

『海辺のカフカ』 

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羊男の感想を集めました。

『ねじまき鳥クロニクル・第三部鳥刺し男編』

"I turned, to see a girl standing in the garden on the other side of the alley. She was small and had her hair in a ponytail. She wore dark sunglasses with amber frames, and a light-blue sleeveless T-shirt. "

■あらすじ■
猫が戻り、涸れた井戸に水が溢れ、綿谷昇との対決が迫る。壮烈な終焉を迎える完結編。(帯より)
■感想■
あくまで私的な感想ですし、読んだことがある方にしかわからないと思いますが、こういう風にしか、語れないのですいません。

この第3巻で長かった主人公の失われた妻探しが終わりを告げます。たくさんの謎を残しながらも、終わるべきことは終わり、物語の目的地に読者は辿り着くことになります。敢えてこの作品をジャンル分けすると、冒険物語あるいはファンタシィといった結構を持っていることに気づきます。失われた恋人を取り戻すという意味ではヒロイック・ファンタシィといってもいいかも知れません。

この物語は主人公の現実世界と深層意識的な別世界が同時平行的に妻探しというテーマを基に進行し、様々な出来事を様々な相/層に配置し、主人公がそれらを体験していくことによって、偶然と必然が複雑な様相を描くことによって、ひとつの世界を作り上げていきま す。

ここでいうファンタシィの要素とはまず「別世界」が設定されていること。それは主人公とその妻が共有する深層意識的な世界と悪夢のような第2次世界対戦時代のシベリアと満州での出来事が「別世界」として象徴的に設定されています。
主人公がその別世界と「現実世界」を交互に出入りし、物事の「真実」を捜し出そうと、様々なことを体験しそこから演繹的にある事象が別世界と現実世界とシンクロしていることを推察していくことになります。

ただ以前に世之介さんが指摘されたようにそこには、主人公と過去の「ノモンハン事件」あるいは「シベリア抑留事件」とは強い関わり、必然性みたいなものは示されません。物語中でも主人公はその不可解さに悩むわけです。なにか必ず繋がりはあるのだけれど、それがなんなのかはわからない。

私がおもうにそれは、「やみくろ」のようなものなのだと思います。「やみくろ」というのは村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる人間の奥底にある暗黒のメタファーな生き物のことです。それはノンフィクションの『アンダーグラウンド』や翻訳の『心臓を貫かれて』にも通底している村上春樹が興味を示している特有な概念といってよいでしょう。

その「やみくろ」はこの作品では綿谷ノボルという悪役とシベリアや満州での残虐な出来事そして主人公の深層意識の一端として表出しているのだと思います。

それはまるで底のない真っ黒な細い毛糸が縦横複雑に巻かれてできあがっている巨大な毛玉のようなもので、主人公はその黒い毛糸に絡まれて身動きできない悪夢のような一進一退を繰り返しているのですが、その毛糸を丁寧に一本一本ほどいていき、やっとのことで最後の結び目を解くことに成功するわけです。

判断停止。それから、ひとつひとつ結び目を解く。それは倫理的な判断ではなく感覚的な領域。「皮はぎ」というのは日常性や異常性とは関係なく、「誰にでもどこにでも起こりうることなのだ。みんなはこれがみんな戦争のせいだと思っている。でもそうじゃない。戦争というのは、ここにあるいろんなものの中のひとつに過ぎないのだ」物語中に出てくる女性の述懐です。

様々な謎を考えなければいけない、という意味では暇人にはよい読み物だと思います(なんという締めだ、笑)。
主人公の岡田さんの妻、クミコさんはある意味で多重人格者ではなかったか?という解釈の仕方も成り立つと思います。特に加納マルタ、クレタという姉妹はクミコの姉とクミコさん自身によく似ていますし。

私がこの物語の中に登場する人物で一番好きなのが、高校中退した17歳の女の子「笠原メイ」です。人は物語の中にいろんな自分の人生の一こまをオーバーラップさせていくことがあり、その時にとても「フィット」する場合がありますよね。そんな感じ方をこの女の子にしました。そういえば、こんな感じの女の子がどっかにいたなあ、というように。

そしてこの本の中では「笠原メイ」が登場することによって、ずいぶんこの物語の救いになっていると思います。おそらく1巻の時点ではこんなに重要な役になるとは作者も思っていなかったのではないでしょうか。

ともあれ、「ねじまき鳥クロニクル」は終わってしまったわけですが、このあと主人公の岡田さんと刑務所に入っているクミコさんがどうなるのか。笠原メイはどのように成長していくのかが、とても気になるところなんですが、続きはあるのでしょうか。

-1997.11.1-