初出■1909年[明治42年]
紹介
「永日小品」は、漱石の日常生活を描いた随筆風のもの、あるいは青少年時代の追憶や英国留学時代の回想など、多彩な25の作品群から成っている。
【感想】2009.10.28
ときどき思い出したように漱石を読む。
つまみのようにして読むには、初期の小品が心地よい。
もともと陰気な漱石だが、18世紀の倫敦の描き方はそれこそターナーの風景画のように幽玄であったりする。
幻覚的と言い換えてもよかったりするのは、今日のようにスチームパンク的な文章を読んだようなときだ。
昨宵は夜中枕の上で、ばちばち云う響を聞いた。これは近所にクラパム・ジャンクションと云う大停車場のある御蔭である。このジャンクションには一日のうちに、汽車が千いくつか集まってくる。それを細かに割りつけて見ると、一分に一と列車ぐらいずつ出入をする訳になる。その各列車が霧の深い時には、何かの仕掛で、停車場間際へ来ると、爆竹のような音を立てて相図をする。信号の灯光は青でも赤でも全く役に立たないほど暗くなるからである。
この時代の倫敦はまだ陰鬱で、その陰りの部分が、江戸の淡水な文化を偲ぶ漱石の一面と空回りしているところが余計に後進国という認識を惑わす。
時代は意志を持っているのだが、それを取り巻く人々の心が見えない。
小説でもあり、エッセイでもあるこの「永日小品」はそのまま江戸文芸を思い出させる。
こんなことを田舎の会社で考えていたので、
「覚えていろ」
なんて蛇に言われたような気がして、背筋が冷たくなった。
【感想】2009.12.8
ときどき間欠泉のように漱石が読みたくなる。
でも体力気力がなくて長編が読めないので、小品が心地よい。
「永日小品」は、随筆のような小説のような手遊びのような小品。
それこそ風景画を見るように気分が漂える。
それでも「過去の匂い」なんていう小品は、よく読むと貧困と情念、人間の性といったものが一挙に押し寄せてきて、とても重苦しい。
まるでアーヴィングを読んでいるような気分にさせられる。
情景は物を言わない死物ではないということだ。
羊男