池澤夏樹
『スティル・ライフ』 | 羊男の感想を集めました。
『骨は珊瑚、眼は真珠』 九つの熟成した短編が収められています。 池澤夏樹は以前ひととおり読んだのですが、その時に感じた理系的で、ウィットに富んだ文章から非常に深みのある文章に変わってきたという印象をこの短編集では味わうことができました。あるいはところどころ、現代の文学者らしい物語を読んでいるという感じもしました。それも日本の近代文学の直系のような感じでした。これは失望したということではなくて、その逆にちょっとびっくりしたという感じに近いです。これまで池澤夏樹という作家が書いた小説は、私の中ではエンターテーメントに近く、非常に読みやすいものだったのですが、それが一気に芸術の香りまでするようなものに移ってきた、という感じですね。 例えばこの中に収められている「アステロイド観測隊」というのは「スイッチ」というちょっとおしゃれな雑誌に載った時に読んだ印象では、かっこいいじゃん、という感じで読んだのですが、今回再読してみると、非常に柔軟なんだけど緻密な構成になっているんですね。天文学者たちの西太平洋の島国での冒険が色鮮やかに伝えられてきます。 「眠る女」という作品は、満ち足りた主婦がある日際限のない眠りにひきずりこまれていくという話です。舞台は米東海岸。その逆の眠らない女という都市伝説的なテーマの短編が村上春樹にもありますが、池澤夏樹のこの短編では主婦の日常性が沖縄の神話的な世界へと繋がっていきます。このあたりにも、伝統的な手法への接近といった印象を受けます。 「パーティー」は甲信越のどこかの山中が舞台の池澤夏樹風恐怖小説です。
表題の「骨は珊瑚、眼は真珠」は作者の死生観というより、これも現代の日本人がどこかで願っているような生の執着からの自由を死者の視点から描いた作品です。
とにかく、この本は非常に深い、読みがいのある短編集でした。お薦めです。 -1999.8.15- |