芥川龍之介

『羅生門』
『鼻』
『芋粥』
『運』
『袈裟と盛遠』
『邪宗門』
『好色』
『俊寛』
『偸盗』
『地獄変』
『竜』
『往生絵巻』
『藪の中』
『六の宮の姫君』
『蜘蛛の糸』
『犬と笛』
『蜜柑』
『魔術』
『杜子春』
『アグニの神』
『トロッコ』
『仙人』
『猿蟹合戦』
『白』
『煙草と悪魔』
『さまよえるユダヤ人』
『奉教人の死』
『るしへる』
『きりしとほろ上人伝』
『黒衣聖母』
『神神の微笑』
『報恩記』
『おぎん』
『おしの』
『糸女覚え書き』

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羊男の感想を集めました。

『羅生門』
平安時代の荒廃した京の都の郊外で起こる奇妙な話。
確か国語の教科書とかに載っているので誰でも知っている有名な話なんだけど、 こうして読み返してみるとイメージを喚起する文章や言葉がとても緻密な構成 の基に作られているのがわかります。
こうした文章や話の内容からボルヘスが書いた小説みたい、と誰かが言ってい たのがよくわかりました。
私も体験としてはボルヘスの方が先だったので、後から芥川龍之介のマジック・ リアリズムというのを追体験しているといった印象を受けるのですね。
物語としてはラテン・アメリカ的というより、ラテン文学に近い感じを受けま す。ボルヘスの「伝奇集」は複合的な感覚があるから、それよりもっとシンプ ルで土着的といった感覚ですね。
確かに日本の古代の物語なんだけど、うちらにしてみれば戦争後、アメリカ文 化が入ってきて、そうした伝統というものは外国人が見る視点とそう変わらな い、と思います。だから、異国の土着的な物語を読んでいるという感覚がぬけ なくて、ダンテやボッカチオの翻訳ものを読んでいるという感じに似ていたり しますね。
このあたりがストレートな三島由紀夫なんかと違うところだと思ったりします。

『鼻』
夏目漱石が絶賛したという短編といことで、とてもユーモラスな内容になって います。
ある坊さんがいつも気にしていた長い鉤鼻をめぐって、どうしたら短くできる のだろう、といった試行錯誤の末、どうにか短くなるのですが、でも短くなっ たらなったで、お坊さんは具合がいまいちうまくないのですね。
そのまま日本昔話になりそうな楽しい短編です。

『芋粥』
これも芋粥が食べたくて食べたくてしかたがない男の話で、でもうだつがあが らないので食べれない。それをどうにかしてやろう、という救世主が現れて うだつのあがらない男は飽きるほど芋粥が食べられる境遇になるのですが、そ の時になるともう食べたくなくなってしまうのですね。
これもまたユーモラスな一編です。

『運』
観音様に願をかけた若い女がたどる運命を、年老いたばあさまと若い男が皮肉 めいた口調で語る短編。
これも「今昔物語」からの翻案ですけど、時代をうまく感じさせながらも難し い言葉は使っていないところが不思議です。
昔、小松左京が「いまの時代だったら芥川が芥川賞を取れたかどうかわからな い」というようなことを言ってたんだけど、確かにこうした作品を読むと世の 中に対する深い洞察とか苦悩なんてものはないから、無理だったかも知れない なんて納得してしまう。

『袈裟と盛遠』
これは男と女の相克を描いた、短い想念的な小説です。
これは芥川龍之介が若い頃に書いた作品ということで、まあ男女に対する考え 方がけっこうロマンチックてな感じですね(^^)。

『邪宗門』
これを発見しただけでも芥川を読んでよかったと思います。
とにかく面白すぎる伝奇小説であって、平安朝の貴族の親子の葛藤を縦軸に、 横軸は景教(ネストリウス派のキリスト教)の宣教師の京都進攻を描いていま す。これを芥川の精緻で高雅な筆致で描いているものだから、もーうそこらの 凡弱な伝奇小説など及びもしませんねー。すごいすごい。
惜しむらく、この作品が埋もれてしまったは、未完で終わってしまったからな んでしょうね。
ほんとこの景教徒の摩利信乃法師VS王都の仏教僧侶たちの魔法合戦の途中で 尻切れトンボになってしまうのは、ストレスたまる〜(^^;
これを書き上げていれば芥川龍之介の直木賞受賞は間違いなかったでしょう(^^)
誰かこの続編を引き継いで書いてないのかしら。
ご存じの方は教えてくださいませ。
まあ、願望としては渋澤龍彦か三島由紀夫あたりに書いて欲しかったな〜

『好色』
これは好色についての談義なんだけど、今の時代から読むとなんだかよくわか らない感覚があって、読み辛いものでした。

『俊寛』
この作品は古典に関する教養がないと楽しめない、つまり「平家物語」の内容 とかがわからないと面白くもなんともない作品で、とーぜんながら私もぜんぜ ーん面白くなかった。

『偸盗』
この作品はもうエンターテーメントの領域に入ってます。
盗賊の兄弟と羅生門に巣くう盗賊団の女頭目との異様な愛と葛藤をぞくぞく するような筆致で物語を演出しています。
かなり難しい漢字も多いので物語に没入するのに時間がかかるかもしれませ んが、その苦労した分、平安朝の殺伐とした光景に存分浸れる短編です。
これなんかも黒沢明ばりの映画で見たいものです。

『地獄変』
これは地獄絵を描いた絵師をテーマにした狂気的な熱情をモチーフにした作 品で、これもかなり有名ですよね。この短編は初めて読んだのですが、昔こ の設定を平安時代から現代に置き換えた日野なんとかいう漫画家の作品を読 んでいたことがあって、漫画の方はとにかく絵が気持ち悪いので怖かったの ですが、この原作の方はラストで愛する娘を焼き殺してしまう凄まじさは漫 画の比ではありません。ここまでくると芥川の才能ってちょっと異常。

『竜』
これは竜が出るぞ、と坊主が嘘をついたのが見る間に天下に広がって竜が出 るという沼に見物人が大勢集まってしまい、嘘をついた坊主が途方に暮れる という、筒井康隆の短編のような広告的な話です。

『往生絵巻』
これは神仏の奇蹟というもの荘厳さを対話形式で描いたものですが、まああ んまり面白いとはいえません。

『藪の中』
ご存知、黒沢明の映画「羅生門」の原作です。これも先に映画の方を見てい たので、どんな内容か知っていたのですが、読んでみるとけっこう前衛的で もあるしゴシック的でもある書き方ですね。
先日黒沢明追悼番組で「羅生門」を見たあと、この作品を読んだのですが、 とても精緻な描写を映画の方では行っていたんだなあ、と驚きました。

『六の宮の姫君』
これは王朝ものらしいか弱い姫君のお話。じっくり読むといいんだろうけど、 ちょっとインパクトに欠ける作品ですね。

『蜘蛛の糸』
小学校ご推薦の短編です。こうして読み直すとけっこう記憶の中にあったイ メージより淡々とした筆の進め方だったんだなあ、という感想です。
芥川は「筆」といった言い方のほうがよく似合う作家ですね。マニエリスム というか。とにかくこれなんかは完璧な物語といっていいでしょうね。

『犬と笛』
これは少年少女向けのお話といった昔話ですね。

『蜜柑』
これはとても情緒的な作品で、おそらくラストでの少女が電車から蜜柑を放 り投げるシーンというのはその日本的光景の原型とも言えるしみじみさは、 絶品なんでしょうね。けっこうこの感覚はひと昔前の日本映画のものといっ た感じを受けました。

『魔術』
魔法使いミスラと彼に弟子入りしたい男の話。
魔法使いになるには自分の欲望に打ち勝てないとだめで、それを克服しよう と葛藤する話です。
この魔術師は谷崎潤一郎の「ハッサン・カーンの妖術」に登場する人物と同 じ魔法使いなんだけど、ちょっと芥川は知的に描き過ぎてるかな。
谷崎の方がもっといかがわしくて面白かった記憶があります。

『杜子春』
これも教科書に載っていたものですね。
ほんと芥川の作品は文部省推薦が多いですね。
これもまあ道徳的な感覚を認知させるにはいい教材だからでしょうけど、そ れを考えると私なんかの道徳観は国語の時間で形成されたようなもんなんだ ろうなあ。けっこう杜子春みたいな人間になりたいとか今でも思ったりでき るものね(笑)。

『アグニの神』
これは「南京の基督」と並んで1920年代のアジアというものを想像する ことができる興味深い他品ですね。
こちらは上海あたりが舞台なんだけど、その頃の国際性を魔術というものを 通して見ているところが今でもユニークですね。

『トロッコ』
これも「蜜柑」と並ぶ、少年期の情緒たっぷりサービスな作品です。
これは男性だったら一度は体験するところの、「初めての遠出」ものです。

『仙人』
これは人をくった話というやつで、仙人になりたいという男を医者の悪妻が だましてこきつかうという話で、最後は「竜」と同じように本当に仙人になっ てしまう、というオチの短編です。

『猿蟹合戦』
これは有名な昔話に対しての芥川の世界観の解説みたいなものですね。

『白』
これは白かった犬が黒くなってしまって飼い主に見捨てられてしまう犬の話 なんですが、なんか安手のTVドラマのようなお涙ちょうだい展開なんだけ ど、芥川一流の文体で読むとこれがけっこう胸キュンになってしまうところ がいい、短編ですね。

『煙草と悪魔』
これはトーマス・マンあたりの短編を思い出す、よくできた悪魔との契約 をコミカルに描いたものです。芥川が欧米の小説をよく読んで換骨脱体し たことがうかがえる作品ですね。とにかくよくできていて面白いです。

『さまよえるユダヤ人』
これは有名な伝説、キリストを非難したユダヤ人がその後死ぬことができず、 何千年も世界の各地をさまよい続けるといったものを下敷きにして、九州に ザビエルと一緒にこのユダヤ人が上陸したという話を検証していく短編です。
そういう意味ではかなり刺激的な伝奇なのですが、娯楽的な要素は全くなく 歴史とかユダヤに興味がないと読むのは辛いでしょうね。

『奉教人の死』
これは戦国時代に九州で生きた信仰に篤いキリスト教者が無実の罪に貶めら れたにも関わらず、自分に罪をかぶせた者たちを救うという感動的な物語で これなんかは芥川の真骨頂といった短編でしょうね。

『るしへる』
これは悪魔の存在というものを芥川流のシニカルな視点から解説するといっ た小文ですね。まあ芥川研究者でなければつまらないでしょうね。

『きりしとほろ上人伝』
これは「れぷろぽす」という強者が自分よりも強い者を求めて彷徨する物語 なんだけど、あまりに文章が柳眉に流れていて今では読みにくいのなんのっ て。なんか面白くない。

『黒衣聖母』
日夏こう之介の同名の詩と関係があるのかな、と思ったら全然関係のない、 黒い色をした聖母像のちょっとミスティックなお話でした。

『神神の微笑』
これは今でも有効な日本論、といった感じのお話です。
日本に来たキリスト宣教師が日本の古代の神神と対話するといった思想的な 作品です。ここでは日本の独自的な文化吸収の特質といったものに焦点を当 てています。
これまで日本に入ってきた仏教にしても儒教にしてもどんな宗教や文化でも 日本独自にしてしまうのが、日本なのだという、いわゆる「日本特殊」論で すね。ここからいろんな紋切り刀が生まれてくるんだけど、まあ最近のイラ ン人やブラジル人の労働者、新宿の台湾人たち、あるいはサッカーや「不夜 城」なんかに象徴されるように、こうした神秘化はもはや通用しないんです けどね。

『報恩記』
これは「薮の中」と同じ三人三様の見方で、恩を受けること、恩を返すこと といった事柄をそれぞれの視点から満足したり、迷惑したりといったことを 描いた短編です。
まあそれだけ?(笑)

『おぎん』
これはキリスト教と日本の文化や日本的な心情の葛藤といったものを、いわ ゆる「踏み絵」に代表されるキリスト教受難時代における女性の心性を、芥 川が真面目に取り扱った作品です。
これなんかを読むとやはり日本の学校教育の道徳といったものは芥川あたり が形成したんじゃないかな、という気がいい意味でも悪い意味でもしますね。

『おしの』
これもやはり日本の風土とキリスト教との相克を描いているんだけども、中 心の問題が難しすぎてよくわかりませんでした〜(^^;

『糸女覚え書き』
これはキリスト教徒として有名ながらしゃ夫人を無信仰者の侍女の視点から 描いた芥川らしいシニカルな作品。モチーフ的には興味深い作品なんだけど、 いかんせん手記というかたちをとっているので今ではちょっと読みにくくて、 なんだかこれもよくわからなかった。

-1998.11.1-