『凶笑面』北森鴻
新潮文庫

【紹介】
異端の民俗学者、蓮丈那智。 彼女の研究室に一通の調査依頼が届いた。
ある寒村で死者が相次いでいるという。 それも禍々しい笑いを浮かべた木造りの「面」を、村人が手に入れてから。暗き伝承は時を超えて甦り、封じられた怨念は新たな供物を求めて浮揚する。
那智の端正な顔立ちが妖しさを増すとき、怪事件の全貌が明らかになる。
本邦初、民俗学ミステリー。全五編。

【感想】

あとがきによるとこの推理小説の構成は次の通りだ。

1.民俗学的調査の依頼
2.フィールドワークの最中に、関係者が殺される
3.民俗学的なディスカッションと、事件のデータの提示
4.民俗学的な謎の解明と、殺人事件の解決

わかりやすいキャラクターによるスピーディーでスリルのあるストーリー展開は、まるでテレビアニメを見ているかのようでもある。
私はホームズよりも、手塚治の超古代史ものである「三つ目が通る」に近いものを感じる。
よく考えられたキャラクターの雰囲気づくりも民俗学という少しだけ日常から離れた別 世界を舞台とし、さらに現代の無明な人間たちの情念による殺人事件を解いていくあたりも、よくできた小説だと思う。

この先、蓮丈那智という謎のキャラクターがどのような星回りで度重なる殺人事件に関わっ てしまうのか、といった種明かしも楽しみなのだが、「三つ目が通る」のように助手であるミクニが超能力者であるともっとうれしいのだが、SFではなく本格推理小説なのだから、 それはないだろう。

この民俗学の領域を推理小説に持ち込んだものに「猿丸幻視行」というのがあり、当時は続編の「本能時炎上」とともに面白く読んだものだ。
最近のこの作家が書くものはタイトルからして手が伸びないのであるが。
「猿丸幻視行」は長編小説ということもあり、著者独自の空想推理が大胆になされているのが魅力 だった。もちろん学問的には一笑にふされるものなのだろうけど。
ただ推理としては折口信夫という民俗学の巨人を主人公に据えているのは変格なのだろう。こうした推理小説は歴史ものには多いのだと思う。
なぜこんなことを書いているかというと、本格探偵小説ではなく、やはり民俗学のテーマをメインとした、大胆な空想が読みたい、というのが私の希望だからだ。
巻頭に諸星大二郎へのオマージュが捧げられているのに象徴されるような、もっと古代の匂いがぷんぷんとするような世界を読みたいのだ。

まあこれはあくまで私の嗜好であって、推理小説が好きな向きにはどうでもいいことなのかも知れない。
でもやはり長編でぐっと民俗的な探究が深まっていくような、緻密なものが読みたいなあ。



★羊男★2003.10.7★

物語千夜一夜【第九十八夜】

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