『武器よさらば』アーネスト・ヘミングウェイ
岩波文庫 全二冊 谷口陸男訳

【感想】

第一次世界大戦にイタリア軍士官として参戦したアメリカの青年が戦場 で働く看護婦キャサリンと出会い恋に落ちる。
そして悪化する戦場の中、戦場から脱出することになる。
しかし二人は戦場を抜けスイスにたどり着くがその先でキャサリンは、 死んでしまう。

あらすじを示すとハリウッド的でシンプルな恋愛物語なのである。
イタリア戦線でアメリカ人中尉であるヘンリーは武器を捨て、恋人のイ ギリス人看護婦バークレーと共に非情な戦場からスイスへと逃れていく さまが人間味あふれる筆致で読者を巻き込んでいく。
そして物語は波乱を迎え、その運命は彼らの愛の成就を許さないまま、 悲劇は終わりを迎えていく。

そこには大作の読後感だけにあるカタルシスが待っている。もちろんそ のカタルシスはアクション映画のものではなく、悲惨な争いの中での恋 愛とその破滅がもたらす、不毛な世界観である。
それは一貫して初めから終わりまで、戦争という不条理な苛酷さと悲惨 さを感情に訴える情感な文体ではなく、簡潔な素描を繰り返す、乾いた 文体で描かれている。

ヘミングウェイは、徹底して戦争の悲惨さを訴えているのだ。
実際、ヘミングウェイは19才の時に戦線で負傷し、入院したミラノの病 院で知りあった看護婦と恋におちている。
19才のヘミングウェイは自分から志願して赤十字輸送車の運転手として イタリア戦線に参加している。
そのさいにで迫撃砲弾の破片をうけて負傷したのだ。
戦禍は体験者にしかわからないものなのかも知れないが、それを不毛な ものとして人間は理解することができる。
それを人間はどうして何度も何度も繰り返すのか。
愚かである。

ここにある戦争の記述を読んでいると重金属の独特なにおいやぬかるん だ泥に混じった血の臭いが想像でき、胸底がどんよりしてくるのだ。

ヘミングウェイは作家仲間のドス・パソスの勧めで、2番目の妻ポーリ ーンとともにアメリカ最南端の島、キーウエストを訪れ、初めてここに 自分の家をもった。
そしてこのキーウエストでこの「武器よさらば」を書き上げている。
安住の地でしか、こうした戦場の雰囲気や民衆の厭戦気分など、書けな いものなのかも知れない。


★羊男★2003.6.7★

物語千夜一夜【第八十六夜】

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