『美濃牛』殊能将之

講談社ノベルス


【紹介】
「鬼の頭(こうべ)を切り落とし……」首なし死体に始まり、名門一族が次々と殺され ていく。あたかも伝承されたわらべ唄の如く。
──『ハサミ男』で鮮烈なデビューを遂げた著者の才能を余すところなく表出し、ミス テリのあらゆる意匠が豊潤に埋め込まれたこの物語は、新たな探偵小説の地平を切り拓 き、2000年ミステリ界の伝説となる!

【感想】

第13回メフィスト賞受賞作『ハサミ男』による鮮烈なデビューで、ミステリ ファンの度肝を抜いたという、殊能将之の第2作です。
このぶ厚い新書には本格ミステリというジャンルが背表紙に振られているが、 どうかと思いますね。
というのはミステリを読まない私が楽しめたのですから。

「岡山県に獄門島が実在しないように、岐阜県に暮枝村は実在しない」

冒頭の著者の言葉にあるように、舞台となるのは岐阜県の暮枝村。
フリーライターの天瀬とパンクスなカメラマンの町田は、奇跡の泉なる鍾乳洞 内の湧き水を取材をしにやって来ます。
彼らと行動をともにするのは企画立案者の石動というミステリではお決まりの 不可思議な存在。これが探偵役ですね。
そんな折り、暮枝村に首なし死体という猟奇的な事件が起こります。
それはまるで村に伝承された童謡の歌詞の如くの連続殺人として発展していき ます。

舞台が都会ではなく、民話的で物語要素の濃い岐阜県の小さな集落というのが いいですね。
あるいは「美濃」という土地の旧来な雰囲気がよく出ているところがはまって います。
この旧来なイメージのある美濃という土地がもたらす雰囲気の中で展開される、 民俗的な世界観への言及や、通俗的な村の社会での富への抗争という、田舎の 僻村で起こる様々な出来事がまず面白いのですね。
また、民俗的な要素や物語のベースともなっている、今ではディレッタントに すら思われる俳句遊びへの蘊蓄が面白かったりもします。

さらにミステリの王道である精悍さや知的といったイメージからほど遠い、牛 というモチーフをそこかしこに散りばめた鈍重で迷妄な雰囲気の小説世界。
これらを読んで思い起こすのは、物語中でも引用される横溝正史であったり、 江戸川乱歩だったり、はたまた夢野久作だったりするわけです。
ある意味で懐かしい「新青年」といった雑誌に象徴される昭和ミステリ作家と 同様のもの、というよりは彼等へのオマージュといってよい作品なのだろうと 思います。

この本を読もうと思ったのは、そうした各所に散りばめられた牛に関する古今 東西のテキスト引用でした。
きっと笠井潔みたいな思索的な小説なのだろうと思ったのですが、感想として は古き良き時代の推理小説を感じていました。
あるいは連続殺人事件の謎解きがクライマックスにかかる耶蘇教の遺跡での超 自然的な存在と主人公の対峙は小松左京的ですらありました。
さらにデリダの脱構築への言及に至っては何をか言わんや、の世界で肌寒いも のもあったり。

それでもこの無茶苦茶な小説は、現代の無茶苦茶な社会に対しての殊能将之の 生活と意見であり、プロローグに引用されている北村透谷の『我牢獄』がこの 小説世界の基盤なのだと思います


★羊男★2002.12.29★

物語千夜一夜【第四十七夜】

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