★★★★本の解説
1.『ねじまき鳥クロニクル』(第1〜3部)村上春樹
1位の『ねじまき鳥クロニクル』がダントツなのは、個人的な理由による
(基本的にみんなそうだけど)のが、大きいです。それは去年パソコン通信を
始めるまで私は失業中の身でありました(ということは再就職先が見つから
なかったら、このボードにも現れなかったことでしょう。それが幸か不幸かと
とるのは、読んでいる貴方次第です)。それで続きの第3巻がそのうち出るよ、
という噂を聞きつけ暇も手伝って1巻から読み直したんですが、そういえばこの
主人公も失業中だったんです。あまりに偶然な一致に(おいおい)話の内容が
体に染みこむ染みこむ(笑)。私にとってやっぱり小説はこうでなきゃいかん、
という理想的な本です(ちょっと誉めすぎ)。
幻想的要素が強いこの物語は幻想ではなく、現実世界を描いたものですね。
ただ現実と触れる角度がこれまでの小説とは違うの
ではないか、と。常に主人公の世界はもろく不確定な世界を形成していきますが、
それは主人公が不安定なのではなく、世界の方が不確定なのです。出来事に対して
主人公はなるべく不確定な要素は除いていこうという意志を持ち解決を計ろうと
します。
それでも世界の方は確定された可能性に対して必然的な結果を与えません。
これは当然であり可能世界のなかの一つだけが選ばれるのは、とても現実的なことです。
主人公は枯れた井戸に潜ることによって事物の余剰物を取り除いていき、その最後
に残るはずの必然を得ようとしますが、うまくいきません。それには事物の結果
は必然である、という前提が崩れていくからだと思います。過去の出来事つまり
事物の結果自体も常に変化している、生成しているのではないか?過去は起きて
しまったことだから、過去はひとつしかないという常識は「世界」の側には通用し
ないのではないか?という気がしています。物語中に不意に登場してくる少年の夢
がそれを暗示しているのではないか、と私は考えています。
夜闇の庭で起こる不思議な出来事が変容していくのが、世界の不確定性の象徴では
ないかと・・・。
ちょっとまとまりがなくなってきたので中断します。
この小説とはまたつき合うことがあるはずなので、考えがきちんとした時に
また書いてみたいと思います。
2.『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(上下)村上春樹
2位も再読でやはり失業中にひとりで旅に出ている間に読んだので、すごく
印象深い本でした。しかも一回目読んだときにはつまんねえ本!と思って投げ
飛ばしたものだったので、もしかしたら旅に出て成長したんじゃないのか(笑)
と勘違いさせてくれた本でした。
3.『「挫折」の昭和史』山口昌男
3位が実質的な去年出版された中でのベストでした。
映画「ラストエンペラー」の試写会でジョン・ローンや坂本龍一と話をしていた
時に、満州に流れていった昭和モダニズムを書いてみようと思いついた作品だそう
です。
満州で開花した文化を石原莞爾を中心としてその知的水脈(つまり石原の友人
とか彼とつながりのあった文化人など)を山口昌男特有の楽しい語り口で次々に
発掘させられていく光景は、本当に活字を追っていくのは楽しいな、と思わせて
くれました。
石原という軍人は漫画の『虹色のトロッキー』でおもしろそうな人だな、
と思っていたのですが、山口さんが表現する「タダイストのような将軍の肖像」
や「ラブレーを読む将軍」などが、とてもいい得て妙のこのメタ軍人の近傍には
漫画とは違うとても理知的な感じで興奮させられました。
満州に「挫折」していった知的水脈をたどっていくこの昭和編と、今読んでいる
最中の続本の明治・大正編である『「敗者」の精神史』は、既に近代日本の歴史
人類学の金字塔という評価になっている模様です。
4.『パプリカ』筒井康隆
4位は、私にとって今のSFっていうのはどうしても精神世界に近いものを
好んでしまう傾向があって、この「パプリカ」がその最たるものです。
これは『夢の木坂分岐点』のような迷宮文学作品とは違って、またスリルが
あってワクワクするサイコSFの頂点です。
5.『はれた日は学校をやすんで』西原理恵子
5位はあちこちのベストでも人気になった漫画です。とにかくノスタルジー
がいっぱい詰まった話ばかりで、主人公は女の子なのでそんなに感情移入など
できるものではないはずなのに、けっこう目頭がうるうるしてしまいます。
何故か私はこれを読んで映画の「キューポラのある町」を思い出していました。
この映画の吉永さゆりはかわいいです。