『エイダ』山田正紀
ハヤカワ文庫

【紹介】

コンピュータの原型であるディファレンス・エンジンの産みの親バベッジと、彼の協力者であり詩人バイロンの娘でもある数学の天才エイダ。
このふたりをめぐって、メアリ・シェリー、コナン・ドイル、さらにはこの作家たちの創造になるフランケンシュタインの怪物、探偵 シャーロック・ホームズまでもが登場する。物語が現実を侵食し、増殖していくさまを、多彩な登場人物の綾なす改変世界として見事に描いた本格SF。

【感想】

久しぶりに面白いSFを読んだという印象ともう少し様々なエピソー ドをひきずって欲しいという物足りなさを感じた作品でした。
プロローグの間宮林蔵とフランケンシュタインが択捉島で出会う件りから始まるこの物語はわくわくさせられましたが、それも物語の一枝 でしかないのが残念というか、もっとディティールを読み込みたいほどアイディアがいいんですね。

この作品は山田正紀の「物語」に対する想いがこもった歴史改変もので、このジャンルを盛りあげた「ディファレンス・エンジン」と時代が重なるため、というか触発されて書かれているため、あえてタイムマシンものになっているところが山田正紀らしいんだけど、エンターテイメント的に処理しなくてはならないために、この小説の根底にある「神」とか「物語」に対してのモノローグが中途半端さがもったい ない気がします。

そのエンターテイメントに対して、山田正紀が多作を強いられる大衆作家としての愚痴なんかもこの小説の重要なキーにもなっていたり、最後には作者自身が物語に登場してしまうなど、メタフィクションを借りた私小説といった趣きもあります。こういった件りなんかは半村良の「亜空間要塞の逆襲」などを思いだしますね。

バイロンの詩を全体的なモチーフにしているところなどいい雰囲気を出しているんですが、現代の日本とのリンクがあまりうまくいっていない壮大な失敗作といったところでしょうか。

しかし、面白かったことは確かで、昔夢中で読んだ「神」シリーズなどをまたぞろ読み返してみたいという気にさせる作品でした。
しかし文中、山田正紀が敬愛するディックが不遇の時代にドッグフードを食べていた由を引いて、自分がキャットフードを食べる境遇になって も文句は言うまい、という件りには、ほろっとさせられました。


★羊男★1998.11.16★

物語千夜一夜【第九十七夜】

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