『25時』デイヴィッド・ベニオフ
『25時』デイヴィッド・ベニオフ
訳:田口俊樹 新潮文庫
【あらすじ】
「厳冬のニューヨーク。モンティは明日、収監される。刑期は7年。自由でいられるのはあと24時間。刑務所でハンサムな若い白人男性を待ち受ける運命は恥辱に満ちている。選択肢は服役、逃亡、そして自殺―。絶望を抑えながら、モンティは愛する者たちと淡々と一日を過ごす。
パーティの夜が明け、彼が親友に懇願したこととは。父親が彼に申し出たこととは。全米瞠目の青春小説。」背表紙より


【感想】
私が大学に行っていた頃、かなりの借金を背負ってしまったことがあった。
親がだまされて抱えてしまったそれを、家庭の事情から私が払わなければならなくなったのである。
その事実を知った日は飯も食わず、テレビも見ず、ただ天井を眺めて寝ていた。
そのときに考えていたのは、どこかの国へ逃げ出してしまうことだった。
パスポートは持っていたし、片道のチケット代ぐらいはバイトで稼いだ金があった。
深夜までづっとそのことばかり考えていたのが、夜が明ける頃になって、働いて返そうと思った。
なぜそうしたのか今でもわからないが、そのまま大学に行くのは辞めて、その時のバイト先で本格的に働きはじめた。
数年後、借金は完済したが、大学は学費滞納で除籍になっていた。

この小説の主人公であるモンティという20代の男は、麻薬密売の罪で逮捕される。
裁判で7年間の刑期が決まり、一日の自由の後、刑務所に出向かなければならない。
この自由な一日を描いたのが物語の内容だ。
都合よく、なぜそのまま刑務所に収監されなかったのかは物語の中に書いてあるが、その自由な一日の間にどこか遠い町や海外へ逃げ出すこともできるのだ。
しかし主人公の元麻薬密売人は父親や友人に逃亡を奨められても断り、愛犬や恋人、友人と一日を過ごすことを選ぶ。

この小説はピットブルという種類の闘犬と主人公の出会いから始まる。
この愛犬が醸し出す、静寂の中の暴力的なトーンが物語の全体を支配している。
それがモンティという元麻薬密売人の回想や、彼だけではなく、彼の回りの様々な友人たちの困惑と思惑を淡々と描くに相乗的な効果を出している。
これがまた魅力的な語り口なのだ。
本当に特別な、しかしアクチュアルな一日の出来事はとても印象的だ。

これはニューヨークを舞台にした青春小説といってもよいだろう。
とにかく映画のようにクールで、かっこよすぎるのだ。
けなしているのではなくて、あまりになんの仕掛けもないストレートな物語をこんなにもかっこよく読ませてしまうのが、老獪なのだ。
それは正しい主人公のあり方、といった感じでめちゃくちゃにハンサムな男を持ってきたところなんかもツボにはまっていて、やるなあ、てな感じなのだ。
それは少しばかりショッキングなラストにもうまく活かされている。
でもこの小説はデイヴィッド・ベニオフという若い作家の処女作なのだ。
そしてこの小説は映画化も準備中とのこと。

青春小説というジャンルにしては、あまりにタフな物語だと思う。
この乾いた感じというは、フィッジェラルドやカポーティーの系列なのかな。
物語を丁寧に描くという意味では正統派なのだろう。
次作が楽しみな作家である。


【作者略歴】

David Benioff
1970年米国ニューヨーク生。ダートマス大学卒業後、用心棒、教員を経て、ダブリン大学大学院でイギリスおよびアイルランド文学を専攻。以後米国地方局DJなどを務め、文学誌に短編を発表。


★羊男★2001.10.7★

物語千夜一夜【第九十五夜】
 

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