『アイオーン』高野史緒
ハヤカワSFシリーズ Jコレクション

【紹介】
かつて栄えたローマ帝国が人工衛星を打ち上げるほどの科学技術を持ちながら核戦争によって滅び、 放射能汚染がはびこる13世紀のヨーロッパ。
聖職者が説く「人間の魂は、功徳を積むことによってのみ天に召される」という信仰が支配し、 物質の力を行使する科学は悪であり異端であるとされていた。
見習い医師のファビアンは、放浪の青年科学者アルフォンスに出会い、 自らの信仰に疑問を持ち始めるが……

【感想】

かなり強引な歴史改変小説である。
まずもって舞台を説明するのがやっかいなのだが、そこは一度、核戦争で文明が滅びた 世界なのである。しかし核戦争を起こしたのはアメリカでもソ連でもなく、ローマ帝国 なのである。
だから現代に続くような小国家が集まるヨーロッパは存在せず、そのままローマ 帝国は強大な科学を進歩させつつ、世界を支配していたのだろうと思われる。
なかなか魅力的な舞台設定である。

その大帝国が滅んだあとのヨーロッパを描いているのだが、マルコ・ポーロの『東方見聞録』やら 教皇のバビロン捕囚などといったヨーロッパ中世の歴史の様々な史実をパッチワークしているのだから やたらと困惑する。惑溺する。
その困惑とマニアックといってよいほどの西洋史の知識がちりばめられているのがこの小説の魅力だ。

そしてもうひとつのこの作家の特徴は、情景描写が絵画的なところだと思う。
これは私だけの感覚なのかもしれないけれど、ある章はジョットの雰囲気があるし、あ る章はティントレットが描くような光景だったりする。
どれもヨーロッパ的としかいいようがない光景ではあるが、それはあくまで本物ではなく、 ヨーロッパ以外の国の人間が見た、オルタネイティブなヨーロッパなのだ。
つまり、良くも悪くもヨーロッパへの憧憬が基本なのだ。
だからこの作家の本を読む人たちというのはきっとはっきりしていて、好きな人はこの 作家の全ての作品を読むだろう。
でも、1頁読んでこれはだめだ、という人も多いのではないかと思う。

だから、それなりにクセがある作家だと思う。
例えば「ローマ人の物語」を書いた塩野七生をクラシック的だとすれば、高野史緒はオペラ 的だ。オペラ好きの日本人は少数派ということである。
私はオペラ好きではないので、心底からこの物語に入っていけないのだと思う。

だからなのか、後半はつまらなくなってしまったのが残念。
ハイブリッドな歴史感覚が舞台から遠ざかってしまって、登場人物が物語を動かしてい く、キャラクター小説となっていくのがいまひとつでした。
その造形のセンスは表紙の少女マンガ的なものであり、せっかくの不可思議な世界が薄 っぺらい感じになってしまったのがどうにも。

それが現代的といってしまえばそれまでで、私の感覚が古いだけなのだろうけど、どう せならもっとマニアックに緻密に物語を構成して欲しかったということなんですね。


★羊男★2003.4.16★

物語千夜一夜【第九十一夜】

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