『太陽の纂脱者』野尻抱介
ハヤカワSFシリーズ Jコレクション

西暦2006年、突如として水星の地表から噴き上げられた鉱物資源は、やがて、太陽を とりまく直径8000万キロのリングを形成しはじめた。
日照量の激減により破滅の危機に瀕する人類。
いったい何者が、何の目的でリングを創造したのか?
異星文明への憧れと人類救済という使命の狭間で葛藤する科学者・白石亜紀は、 宇宙艦ファランクスによる破壊ミッションへと旅立つが……。

【感想】

異星人とのファーストコンタクトものである。
このテーマはSFでは限りなく続けられていくバリェーションであり、SFの本質を支 えるジャンルだと私も思う。

今年のSFでも第1位にランクされている。
でもこの物語はなんとなく「バイバイ・ジュピター」のシナリオみたいだと思ってしまった。
大きなテーマの物語なのに、それを構成する膨らみや無駄な部分がなく、たんたんと史実 に即したストーリーが展開されるだけなので、やはり欲求不満になってしまうのだ。

物語それ自体はとても面白いと思う。
特に中心部分といってよい、異星人とのコンタクトが語られる部分はやはり、SFの想像力として高ランクに推されるだけの読みがいがある。
科学的に想像できないものを想像するという行為は、20世紀から続く小説というジャンルにしかいまだ不可能な領域だからだ。
そうした点からもおすすめできるSF本の一冊ではある。

けれども不満点ももちろんある。
それは基礎的な想像力が小松左京の「バイバイ・ジュピター」から一歩も出ていないのではないか、と思うことだ。
日本のいわゆるハードSFあるいは宇宙SFというのは、いろいろと書かれているけれ ども、そのスケールと正統的という点から見ると、小松左京のSFはやはり巨大なのだ。
日本のSFファンというのはきっとそれを越える作品を待っているのだと思う。
それがつい最近まで言われていた、SFはクズだ、発言の元になっているのだと思う。
もはやSFに書くべきものはないと言われ、推理小説やホラー小説が跋扈している状況を悲しむSFファンの声なのだろうと思う。
そうした意味ではやはりハヤカワの新しいJシリーズの発刊は大きな楽しみといってよ いと思う。


★羊男★2003.3.24★

物語千夜一夜【第八十九夜】

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