『火星年代記』レイ・ブラッドベリ
訳者:小笠原豊樹  発行:ハヤカワ文庫NV 114

【紹介】
「火星への最初の探検隊は一人も帰還しなかった。
火星人が探検隊員が彼らなりのもてなしかたでもてなしたからだ。
つづく二度の探検隊も同じ運命をたどる。それでも人類は怒涛のように火星に押し寄せた。
やがて火星に地球人たちの町ができたが、そこには火星人たちの姿はなかった ……精神を欠いた物質文明の発達に厳しい批判の目を向けるポエジイとモラル の作家が26篇のオムニバス短編で謳いあげるSF史上に輝く永遠の記念塔!
(背表紙より)

【感想】

レイ・ブラッドベリは80歳を越えた現役作家です。
その魅力ある短編小説の数々はいま読んでも色褪せないものがあると思います。
特にノスタルジックな作風はよけいにいまの世の中によく似合っている気がし ますね。

レイ・ブラッドベリは星新一を初めとした日本のSF作家には大きな影響を与え ていると思います。
その発想の斬新さに加え、日本人が好きなノスタルジーな物語が多いためでし ょう。そのためブラッドベリはジュニア向きのSF作家という雰囲気もあり、 多少残念な勘違いをされているきらいがあると思います。

この作品では、火星文明の繁栄と衰亡を淡々と、それこそ年代記風に記述して います。

私はこの小説を読むのは初めてで、時代からいって西部劇のような開拓史的な 情景を思い描いていたのが、まったくの肩すかしをくったようなサイコな物語 だったのでびっくりもしました。
この寂々とした火星観はその後のフィル・ディックの小説にも通ずる国民性み たいなものも感じることができます。

物語の中のエピソードには、ロケットや焚書、ロボットやドッペルゲンガーと いったアイテムを科学的な説明なしで、違和感なく火星という舞台を描き、物 語の力だけで描ききっているのが古典的で、岩波文庫に入っていても全く違和 感がないほど文学的です。

また「アッシャー家の惨劇」を実際に再現しようとする男の話やブラッドベリ の主要作である「華氏四五一度」や「何かが道をやってくる」といった小説の テーマがちらほら出てくるのも初期の代表作ゆえなのでしょう。

この1950年に出版されたSF小説の書きだしは1999年の1月からになっていま す。終末の始まりであり、ここには鋭い文明批判をともなう若い頃のアメリカ の人間ドラマがあり、またブラッドベリ特有の叙情的な描写もふんだんに盛り 込まれています。
その独特さは、火星人から見た地球人といった視点から描かれていることで、 ステレオタイプなスペースオペラではなく、地球人による「火星侵略物語」で あるということです。

地球人の移住による火星開拓は、欲望に満ちた文化や無恥な生活が次々に持ち 込まれ、もとからあった火星の純粋な文化は跡形もなく破壊されていきます。

これは明らかにアメリカに侵入したヨーロッパ人、あるいはアジアに侵攻して いくアメリカ人をなぞっていて、この物語に登場する火星人たちはまるで滅び の運命を受け入れているのかのように無力で、限りなく哀しい存在として描か れています。

ある時代にしか描きえないものが書かれている奇跡を人は古典として残してい くのだと思います。
この小説はその意味で限りなく岩波文庫的な本でした。


★羊男★2003.6.1★

物語千夜一夜【第八十八夜】

home