『女嫌いのための小品集』パトリシア・ハイスミス

"LITTLE TALES OF MYSOGYNY" Highsmith, Patricia 宮脇孝雄訳  河出文庫


【紹介】
エゴイストの女、男を替えて生きていく放蕩な女、作家をきどり、芸術にのぼせあがる女、善人面をして宗教や道徳を説く偏執狂の女…。
ハイスミス一流の冷めた視線が〈女〉たちの嫌らしさとその残酷な最期を赤裸々に描きだす。
女嫌い、女好き、フェミニスト、男性讃美者。その全ての人に贈る〈女嫌い〉というショート・ショート。

【感想】

週末に子供達と散歩するコースにある川は泥色をしていて、水底は見えない。
川縁には釣りをしている人が多いから、きっと魚はいるのだろう。
そういえば鯉を釣り上げた人を見たこともある。
ときどき、この川底で暮らす魚の日常というのを考えることがある。
どよよんとした日常の中にもきっと楽しいことや辛いことがあるんだろうなと想像 する。

ほとんど関係ないが、パトリシア・ハイスミスはレズビアンであるとも噂される。
「女嫌いのための小品集」というショートショート集では、まるで世界から忘れ 去られたどよよんとした川底で暮らしているような陰険な、あるいは視界狭窄な 女性たちを、皮肉たっぷりな文章で描いている、境界的な作品集だ。

それぞれの作品はごくごく日常的なエピソードが語られるが、その中にいくつかの 不条理な枝葉が重ねられていくうちに、その枝葉末節がいつのまにか主人公である 女性たちが生きていく上で、必要不可欠な問題と化していく。
そして彼女たちの周りの時空間だけが悪魔的な力で歪んでいく。
そのどよよんとした自分だけの物語の中で閉じている、異様な世界に描かれる不気 味さは途方もない。

さらにこうした女性に振りまわされる男の悲惨さも途方もない。
ある作品では青年が女性にプロポーズしたばかりに発狂してしまうように、嬉々と した女性の容赦なさには際限がない。

でもきっと、こうした不気味さはここに描かれている女性だけのものではなく、 満員電車の中で防犯スプレーを使ってしまう人々のように、異常な感覚に浸り やすい現代人を描いてみせているような気もする。

ハイスミスの本にはまるのはきっと、執拗なほどの人間観察がそこに描かれている からだと思う。
そして彼女は、不透明な見通しの中で、どうにかこうにか毎日をやり過ごしている 私たちを揶揄しているような、不穏な空気と残酷な意志は、他人への想像力を失い つつある私たちが、まるで川底の魚たちと同類であることを示している気がして ならないのである。


★羊男★2002.5.19★

物語千夜一夜【第八十七夜】

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