『マーティン・ドレスラーの夢』スティーヴン・ミルハウザー
柴田元幸訳 出版:白水社

【感想】

立身出世の物語である。
それもアメリカのテレビドラマでやるような、非常にオーソドックスな物語展開なのである。
舞台は19世紀末のニューヨーク。
まだ荒れ地であったその場所がじょじょに時代の波に飲み込まれていき、数々の摩天楼がそびえ立っていく、まさに疾風怒濤の時代である。
主人公は煙草屋の息子。
煙草といっても時代が時代だから葉巻を売っているのである。そこで主人公は子供の頃から商才を見せ始める。
またたくまにその煙草屋の顔となり、さらにはお得意先のホテルに勤め始め、エレベーターボーイからこれまた瞬く間にホテル主の秘書にまで出世し、さらにはその社長の座まで譲られるところまでいくが、ここできっぱりとホテルを辞めた主人公は傍らにやっていたレストラン経営に本腰を入れる決心をする。
さらに出世は続き、成功したレストラン・チェーンを売りに出し、そのお金で今度はホテル建設に邁進していく。

まったく絵に描いたような立身出世物語なのである。
しかし作者はこれまで筋金入りの空想的で不条理的だけどエレガントな短編ばかり書いてきた作家なのである。
物語の2/3まではなめらかな万年筆で書かれたような、まったくエレガントとしか言い様のない文章ではあるが、先に紹介したような出世話が続いていく。
しかし最後に至っては、おそらくこの幻想都市とも言えるホテルにあってホテルにあらざる建物の不可思議な光景を描きたいためにずっと我慢して普通の物語を書いてきたのだと思わせるほどのぶっ飛びようなのである。

そのホテルらしきものの光景描写はまるでブリューゲルが描いたバベルの塔のようであり、さらにはブリューゲルが描けなかったバベルの塔の内部を執拗に記述しているかのようなのだ。
この描写だけでも読む価値は十分にある。
地上三十階、地下十二層の魔可不思議な建物はもはやホテルとかデパートといった範疇を越えて、まさに都市そのものの容貌を持ち、各階層の光景はダンテの地獄巡りを読んでいるような趣きさえあるのだ。

しかしながらこの作品は俗に言う幻想文学ではなくて、非常に19世紀のアメリカらしさを感じさせてくれる物語なのも確かだ。
これまでのアメリカ作家にはいなかったタイプの小説家と言ってもいいのかも知れない。
エレガントな作家というのはヨーロッパには数多くいるけれど、アメリカでは思いつく作家があまりいない、そんなタイプの作家だ。
フィッツジェラルドはエレガントというよりゴージャスだし、バーセルミがそれに当たるかも知れないが、彼の作品は万民向けではなく、ある意味貴族的なものだと思うし。
敢えて誰かということであれば、イギリスのSF作家バラードと似ている気はする。
かといってヨーロッパ的な作家かというとぜんぜん違うのだ。
アメリカ小説の熟成なのだとも言えるし、この作家特有の想像力が成し得た作品だとも言える。
とにかく物語の輪郭が強く印象残る、傑作であることには間違いないだろう。


★羊男★2003.2.3★

物語千夜一夜【第八十五夜】

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