『ねぼけ署長』山本周五郎

新潮文庫


【感想】

探偵小説を読んでいるというよりはほとんどTVの捕物帳を 読んでいる、といった単純明快勧善懲悪感涙瀟瀟なお話 が続いていくのですね。

山本周五郎は以前に「正雪記」を読んだだけなのですが、 主人公を魅力的に仕立て上げるのが得意な作家なのかな? という感じがしました。この本に出てくる署長も典型的な おとぼけでありながらとってもIQが高く、しかも人情味 がありながら高尚な文学にも通じているという、ちょっと 現実にはあまりいそうにないキャラクターを飽きさせるこ となく愉快に描いているのですね。

まあ推理小説が苦手な私にとっては特に難しいトリックも なく、悪徳と人間との関係や貧富の実情といった主題の情 景描写が多く、もちろん好人物も多い、楽しい読み物であ りました。

基本的にこの探偵小説は性善説で成り立っているところが おもしろいというか、好きになれる理由です。現在の探偵 小説が性悪説で成り立っているとは言い難いのでしょうけ れど、やはり複雑な現代人の表象としての探偵小説につい て私なんかは救いがないような気がしてしまうのですね。

もちろん「救い」というのは探偵小説にとってではなく、 私にとってのことです。ひとそれぞれ本を読むことの理由 みたいなものはあると思うのですが、私の場合にはどこか で本を読んで「この」現実に対して癒されたいという思い があるのだと思います。

勧善懲悪というとなんか鼻で笑ってしまう言葉になってし まっていますが、やはり今の人でもこうしたカタルシスと いうのを求めていると思うんですよね。TVの討論番組な んかも形を変えた捕物帳のような気がしますし。まあ大岡 越前みたいな評論家がいないのが残念ですけれど(笑)。


★羊男★1997.11.15★

物語千夜一夜【第八十二夜】

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