『劇場』サマセット・モーム
龍口直太郎訳 新潮文庫
【紹介】
女優としての天性を駆使し、いまや堂々たる大女優の46歳のジューリア。
熱烈な恋を求める彼女だが、若い燕トムの心変わりを知り、焦燥と寂寥感 の中、自らの転換期をしたたかに受け入れる。人生と芝居が妖しく交錯する
巧みなストーリー・テリングで展開する、モーム円熟期の傑作長編。
【感想】
久しぶりに小説らしい小説を読んだという充実感が得られた一冊です。
中年の大女優の手練手管を横軸に、人生の倫理とは何かを縦軸にとり、一頃 流行ったいわゆる「不倫もの」の底浅さをあざ笑うかのようなモーム特有の
シニカルさが全面に押し出されていて、あたかもモーム自身がこの物語の劇 場支配人として読後には「どうです?面白かったでしょう?」といった寝首
をかかれるような言葉が頭に浮かんでくるような楽しさです。
内容的には読み手の倫理感を試されるような展開や個人の欲望の深さを実感 させられる展開が巧みに繰り出され、作者に翻弄されるようなストーリー展
開なので、その文学的なテーマのわりには軽く読めてしまうのですね。
モームという作家は日本だと谷崎潤一郎にあたると思うんだけど、こういっ た職人芸のような作品というのは現在の情報ふんだんでスマートな小説と比
べると退屈で冗長なんだけど、こういったものが読める体質といったものを 自分の中に残しておきたいなと思った一冊でした。
新潮文庫の復刊ものなのでちょっと探すのがたいへんかも知れませんが、秋 の夜長の読書にはよくマッチした小説です。
★羊男★1998.11.1★
物語千夜一夜【第八十夜】
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