『サイダーハウス・ルール』ジョン・アーヴィング
真野明裕:訳  文春文庫

【紹介】
セント・クラウズの孤児院で、望まれざる存在として生を享けたホーマー・ウ ェルズ。孤児院の創設者で医師でもあるラーチは、彼にルールを教えこむ。
「人の役に立つ存在になれ」と。
だが堕胎に自分を役立てることに反発を感じたホーマーは、ある決断をする。
サイダーハウスのルールとは何なのだろう。
1.酒瓶を持って屋根に上がらないこと。
2.たとえどんなに暑くても、冷蔵室へ寝に行かないこと。
3.一度に6名以上は屋根に上がらないこと…。
ホーマーは15年間その一覧表を壁に貼りつづけた。丸で人生のルールをさぐるかのように。
現代アメリカが生んだきわめて”小説らしい小説”。
(文春文庫の紹介文より)

【感想】

この本はアメリカでかなりのベストセラーになったといいます。
確かにストーリー的にも面白いのですが、それ以上にここで扱われているテー マが非常に崇高かつ卑近なものだからだと思います。

テーマは堕胎です。
登場人物たちは孤児院で育った人々であり、主人公はそこで堕胎手術を受け入 れる医者の弟子となった人間であったりします。
それだけでもかなり複雑な物語だと言えますが、それを難しいものにせず、流 れるようなストーリーにしてしまうのが、やはりディケンズを尊敬していると いうアーヴィングならではだと思います。

このテーマに関してはある程度、作者は堕胎賛成派のような気がします。
まあ、白黒はっきり決めるような作品ではないと思いますし、そんな単純なテ ーマでもないわけですし。
論争するにも結論は出ないような類いのものですから、よけいにアメリカでは 話題になったのだと思います。
個人的には堕胎には反対ですが、この小説を読むとそう簡単に反対できるよう な問題ではないことにつくづくと思い知らされます。

確かに堕胎という、そこに至るまでにはいろんな事情がひとりひとりにあるわ けで、そのあたりもアーヴィングは丹念にゆっくりと、読者に考えることを促 すようなテンポで登場人物の細やかな感情を描いていきます。
だからこんなに厚い上下2冊の小説となっているのですが。

そしてこの厚い小説を読む長い時の間に、たぶんこのテーマは世の中から暴力 とか貧困がなくならない限り続いていくものなんだろう、という哀しい事実に 突き合わされることになります。
アーヴィングの小説はどれもそうなんですが、基本的に真面目で重たいテーマ を面白ろおかしく、ある時には意地が悪いほどに辛辣に語るのですが、絶対に 茶化したり、おざなりに扱ったりすることはせず、きちんと自分の考えている ことを登場人物に語らせようとする、その大時代的なところが好きです。


★羊男★2002.11.3★

物語千夜一夜【第七十八夜】

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