『リプリー』パトリシア・ハイスミス

"The Talented Mr. Ripley" Patricia Highsmith 青田勝訳  角川文庫


【紹介】
ひょんなことから、富豪グリーンリーフに息子を連れ戻してほしいと頼まれ、貧 乏青年トムはイタリアへと旅立つ。
イタリアでトムが出会ったのは、金にも女にも恵まれた放蕩息子ディッキー・グリーンリーフだった。裕福で自由奔放なディッキーに羨望を抱くトムだったが、ふとした瞬間に、自分とディッキーの容貌が酷似していることに気づき、あることを思いつく...

【感想】

非常にのめり込むことができる小説を書く作家だと思う。
タイトルは絶対に邦題の「太陽がいっぱい」の方がよい「リプリー」は、いまや犯 罪小説の古典となっているらしいが、そのことを頷かせるほどにスリルがあり、 次はどうなるんだろう、といった楽しみも充分受けられるものだ。

この本はある貧乏で卑屈な青年が、金持ちの企業家から画家志望の息子をイタリア から連れ戻して欲しいといったことを頼まれることから始まる。
しかしその卑屈な彼、リプリーは自分とその息子の容姿が似ていることから、裕福 な画家志望の男を殺害し、その男になりすましては優雅な日々を送るが、その代償 に警察や友人に追い詰められていく、そんなテレビドラマ的なストーリーだ。

この小説の面白さはやはり、犯罪者である主人公リプリーの内面描写にあると思う。
この主人公は常識的な人間でもあり、抑圧された青年でもあり、狂気的な人物でも ある。
そういったどんな人間にもありうる多面的な性格を、張りつめた情景描写と他人で は理解できないような複雑な倫理を無愛想な心理描写で、うまく描き出していると ころが単なるサイコドラマではなく、文学的な静謐さを加え持っているのがこの作 家の魅力だと思う。

私はもともと推理小説のような犯罪に焦点をあてた謎解きは苦手なのだが、そうし た手の込んだ仕掛けはなく、割となんなんだこの都合良すぎるストーリー展開は? と言いたくなることも多い小説で、それ以上に個々の登場人物の性格や心情を細か に書き上げていることに、とても読みがいがある作家だと言ってよいと思う。

私はアラン・ドロン主演の映画「太陽がいっぱい」は見たことがないのだが、この 原作を読む限り、ひどくアメリカ人ぽい主人公や登場人物たちであるのに、フラン ス人が演技をするのには無理があるように思えてしまう。
原作とは違う設定なのだろうか。
この小説の魅力のひとつは、イタリアを舞台にさまよう異邦人であるアメリカ青年 の孤独さにあるので、このあたりがどのように演じられているのか、興味が湧く。
「リプリー」という原題通りの米映画の方も見てみたい。


★羊男★2002.5.5★

物語千夜一夜【第七十七夜】

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