『蜘蛛の糸・杜子春』芥川龍之介
【紹介】
第三集『蜘蛛の糸・杜子春』新潮文庫

地獄におちた男がやっとつかんだ一条の救いの糸をエゴイズムのために失ってしまう「蜘蛛の糸」は、鈴木三重吉が絶賛した芥川の少年文学第一作である。
ほかに、平凡な人間として愛情の世界に生きる幸福を讃えた「杜子春」、魔人の裁きを神秘的に描く「アグニの神」など、明るく、健康で、人情深く、将来ある少年たちへの配慮が感じられる少年ものを中心とした10編を収録。
(背表紙より)

収録作
「蜘蛛の糸」「犬と笛」「蜜柑」「魔術」「杜子春」「アグニの神」「トロッコ」「仙人」「猿蟹合戦」「白」


【感想】

『蜘蛛の糸』
小学校ご推薦の短編です。
こうして読み直すとけっこう記憶の中にあったイ メージより淡々とした筆の進め方だったんだなあ、という感想です。
芥川は「筆」といった言い方のほうがよく似合う作家ですね。マニエリスム というか。とにかくこれなんかは完璧な物語といっていいでしょうね。

『犬と笛』
これは少年少女向けのお話といった昔話ですね。

『蜜柑』
これはとても情緒的な作品で、おそらくラストでの少女が電車から蜜柑を放 り投げるシーンというのはその日本的光景の原型とも言えるしみじみさは、 絶品なんでしょうね。
けっこうこの感覚はひと昔前の日本映画のものといっ た感じを受けました。

『魔術』
魔法使いミスラと彼に弟子入りしたい男の話。
魔法使いになるには自分の欲望に打ち勝てないとだめで、それを克服しよう と葛藤する話です。
この魔術師は谷崎潤一郎の「ハッサン・カーンの妖術」に登場する人物と同 じ魔法使いなんだけど、ちょっと芥川は知的に描き過ぎてるかな。
谷崎の方がもっといかがわしくて面白かった記憶があります。

『杜子春』
これも教科書に載っていたものですね。
ほんと芥川の作品は文部省推薦が多いですね。
これもまあ道徳的な感覚を認知させるにはいい教材だからでしょうけど、そ れを考えると私なんかの道徳観は国語の時間で形成されたようなもんなんだ ろうなあ。けっこう杜子春みたいな人間になりたいとか今でも思ったりでき るものね(笑)。

『アグニの神』
これは「南京の基督」と並んで1920年代のアジアというものを想像する ことができる興味深い他品ですね。
こちらは上海あたりが舞台なんだけど、その頃の国際性を魔術というものを 通して見ているところが今でもユニークですね。

『トロッコ』
これも「蜜柑」と並ぶ、少年期の情緒たっぷりサービスな作品です。
これは男性だったら一度は体験するところの、「初めての遠出」ものです。

『仙人』
これは人をくった話というやつで、仙人になりたいという男を医者の悪妻が だましてこきつかうという話で、最後は「竜」と同じように本当に仙人になっ てしまう、というオチの短編です。

『猿蟹合戦』
これは有名な昔話に対しての芥川の世界観の解説みたいなものですね。

『白』
これは白かった犬が黒くなってしまって飼い主に見捨てられてしまう犬の話 なんですが、なんか安手のTVドラマのようなお涙ちょうだい展開なんだけ ど、芥川一流の文体で読むとこれがけっこう胸キュンになってしまうところ がいい、短編ですね。


★羊男★1998.11.1★

物語千夜一夜【第七十六夜】

home