『羅生門・鼻』芥川龍之介
【あらすじ】
第一集『羅生門・鼻』新潮文庫
野生の美しい生々しさに充ち満ちている「今昔物語」の価値を発見したのは、 国文学者ではなく、実に芥川その人であった。本編は、陰影に乏しい古典の中 の人間心理に近代的解釈を試みることによって、自らの主題を生かした”王朝 もの”の第一集。
善にも悪にも徹しきれない人間の姿を描いた『羅生門』、自然なユーモアと、 整った文章によって漱石に絶賛された『鼻』など、8編を収める。
(背表紙より)

収録作
「羅生門」「鼻」「芋粥」「運」「袈裟と盛遠」「邪宗門」「好色」「俊寛」


【感想】

『羅生門』
平安時代の荒廃した京の都の郊外で起こる奇妙な話。
確か国語の教科書とかに載っているので誰でも知っている有名な話なんだけど、 こうして読み返してみるとイメージを喚起する文章や言葉がとても緻密な構成の基に作られているのがわかります。
こうした文章や話の内容からボルヘスが書いた小説みたい、と誰かが言ってい たのがよくわかりました。
私も体験としてはボルヘスの方が先だったので、後から芥川龍之介のマジック・ リアリズムというのを追体験しているといった印象を受けるのですね。
物語としてはラテン・アメリカ的というより、ラテン文学に近い感じを受けま す。ボルヘスの「伝奇集」は複合的な感覚があるから、それよりもっとシンプ ルで土着的といった感覚ですね。
確かに日本の古代の物語なんだけど、うちらにしてみれば戦争後、アメリカ文 化が入ってきて、そうした伝統というものは外国人が見る視点とそう変わらな い、と思います。だから、異国の土着的な物語を読んでいるという感覚がぬけ なくて、ダンテやボッカチオの翻訳ものを読んでいるという感じに似ていたり しますね。
このあたりがストレートな三島由紀夫なんかと違うところだと思ったりします。

『鼻』
夏目漱石が絶賛したという短編といことで、とてもユーモラスな内容になって います。
ある坊さんがいつも気にしていた長い鉤鼻をめぐって、どうしたら短くできる のだろう、といった試行錯誤の末、どうにか短くなるのですが、でも短くなっ たらなったで、お坊さんは具合がいまいちうまくないのですね。
そのまま日本昔話になりそうな楽しい短編です。

『芋粥』
これも芋粥が食べたくて食べたくてしかたがない男の話で、でもうだつがあが らないので食べれない。それをどうにかしてやろう、という救世主が現れて うだつのあがらない男は飽きるほど芋粥が食べられる境遇になるのですが、そ の時になるともう食べたくなくなってしまうのですね。
これもまたユーモラスな一編です。

『運』
観音様に願をかけた若い女がたどる運命を、年老いたばあさまと若い男が皮肉 めいた口調で語る短編。
これも「今昔物語」からの翻案ですけど、時代をうまく感じさせながらも難し い言葉は使っていないところが不思議です。
昔、小松左京が「いまの時代だったら芥川が芥川賞を取れたかどうかわからな い」というようなことを言ってたんだけど、確かにこうした作品を読むと世の 中に対する深い洞察とか苦悩なんてものはないから、無理だったかも知れない なんて納得してしまう。

『袈裟と盛遠』
これは男と女の相克を描いた、短い想念的な小説です。
これは芥川龍之介が若い頃に書いた作品ということで、まあ男女に対する考え 方がけっこうロマンチックてな感じですね(^^)。

『邪宗門』
これを発見しただけでも芥川を読んでよかったと思います。
とにかく面白すぎる伝奇小説であって、平安朝の貴族の親子の葛藤を縦軸に、 横軸は景教(ネストリウス派のキリスト教)の宣教師の京都進攻を描いています。これを芥川の精緻で高雅な筆致で描いているものだから、もーうそこらの 凡弱な伝奇小説など及びもしませんねー。すごいすごい。
惜しむらく、この作品が埋もれてしまったは、未完で終わってしまったからな んでしょうね。
ほんとこの景教徒の摩利信乃法師VS王都の仏教僧侶たちの魔法合戦の途中で 尻切れトンボになってしまうのは、ストレスたまる〜(^^;
これを書き上げていれば芥川龍之介の直木賞受賞は間違いなかったでしょう(^^)
誰かこの続編を引き継いで書いてないのかしら。
ご存じの方は教えてくださいませ。
まあ、願望としては渋澤龍彦か三島由紀夫あたりに書いて欲しかったな〜

『好色』
これは好色についての談義なんだけど、今の時代から読むとなんだかよくわか らない感覚があって、読み辛いものでした。

『俊寛』
この作品は古典に関する教養がないと楽しめない、つまり「平家物語」の内容 とかがわからないと面白くもなんともない作品で、とーぜんながら私もぜんぜ ーん面白くなかった。


★羊男★1999.7.29★

物語千夜一夜【第六十四夜】
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