『園遊会まで』サマセット・モーム

「園遊会まで」モーム短編集4 田中西二郎訳 新潮文庫(絶版)


【紹介】
モームのいわゆる「南海もの」に属する作品。どれもマレー半島やボルネオの旧 英領植民地に住む英国人たちをモームならではの視点から描いている。

■短編集■

【感想】

ここには英国植民地時代のマレー半島やボルネオ島を舞台にした小説が 3編収められています。

モームは20世紀の作家なんだけど、植民地といった帝国主義や大英帝国 の没落を機にして、忘れられていった作家だとこの短編を読んで強く感じ ました。
ここに書かれている植民地経営を行う偏屈な英国人などの心性を 読んでいて感じるのは、遠い昔にはこんな出来事もあったんだなあという 現在とは連続性のない、恣意的な郷愁しかないのですね。
それでも現在モームを読んで面白いのは、ここに書かれている英国人の心 性がいびつでアジアとの接点がまったくないこと、強いて言えば日本の島 国根性ともよく似た同質性を描いているからだと思います。
そしてそれがかえって、暗黙了解的なルールを背景に書かれている現在の 日本の小説とは違和感をもたらす小説になっているんですね。
そこが今、モームを読む楽しさだと思います。

「奥地駐屯所」

ここでの主人公は英国上流社交界で活躍していた男が、その遊蕩癖から破 産に追い込まれ、生活のためにマラッカへ駐屯する話です。
その主人公の男は英国の紳士的な生活にこれまでのプライドを托し、くそ 暑いマレーシアでも英国流の生活を自らに課すのですが、それを見ている 部下はばかばかしいことこの上ない、といった態度をとるために、奥深い ジャングルの駐屯所で対立しあっているという、くだらない話なのですが その心模様を描き出す筆致は、物語に吸い込まれていくような心地よさが あります。ストーリーもちょっとしたミステリーチックになっていて、は らはらさせられる場面もあって、よくできた短編です。

「臆病者」

これも主人公が植民地での自分の立地のために、自分の出地がユーラシア ンであることをひた隠しにするのですが、ここに屈折した支配者としての 英国人のマレーシア人に対する態度が典型的に描かれている作品ですね。
しかしこういった作品を読んでいると、たぶんマレーシア人はモームを嫌 いになるでしょうね。

「園遊会まで」

これは恐ろしい作品です。
そのままの意味で、ホラーでもあるしミステリー でもある。けれど犯罪小説といった古風な呼び方をしたほうがしっくりする 人間の心の不気味さをじわじわと描き出した傑作だと思います。
ストーリーとしては、主人公の植民地に嫁いだ女性が、夫のアルコール中毒 と果敢に闘いつつも、救いのない結末へ向かっていくといったものです。
ほんとモームにはこうした「読ませる」傑作短編が多いですね。


★羊男★1998.12.11★

物語千夜一夜【第六十三夜】

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