『TVピープル』村上春樹

文春文庫


【紹介】
得体の知れないものがせまる恐怖、生の不可解さ、そして、奇妙な欠落感…。生と死、現実と非現実のあいだ…。小説の領域をひろげつづけてきた作家の新しい到達点。

【感想】

この短編集を読み返すのは初めてでした。私にとってはなんだか印象の薄い村上春樹の本だったんですけど、それはなんだか表題作が象徴しているように不条理な作風というイメージを持っていたからでした。

今回再読してみて、そのわけのわからなさが消えて、とっても春樹さんらしい短編集だなあ、と思いました。そういう意味では表題が「TVピープル」ではなくて、「眠り」だったら、ぜんぜんイメージが違う本だったろうな、と感じました。
そういう意味でこの「眠り」というのは完成度が高いなあ、と思いました。

「TVピープル」

その表題作ですが、ここに出てくる「TVピープル」という不条理な存在は、「マーズ・アタック」のような火星人を思い浮かべたんですけど、例によって彼らと対応する主人公がさめているいるので(笑)、じわじわと不安さが漂ってくるんですよね。主人公の妻が帰ってこない、という春樹さんの普遍的なテーマも含まれているし。なんでこのテーマにこだわるんだろう、と改めて思った短編でした。

「飛行機」

これは不倫ものなんだけど、とても静かで淡々とした日常の断片、という感じのお話ですね。「詩のような独り言」を言う、というのが話のメインなんだけど、それがよけいに静かな寂しさを感じさせるのですね。

「我らの時代のフォークロア」

これは好きなお話です。なんとなく「ノルウェーの森」とか「ダンス・ダンス・ダンス」の登場人物を連想させる、恋人たちのお話なんですけど。まあ、基本的に優等生とかエリートの方たちが、どんな恋愛をしようとも私には関係のないことなんだけど(笑)、このお話は哀しいですね。

「加納クレタ」

「ねじまき鳥」に登場する、加納マルタ・クレタ姉妹が登場するんですけど、ここでのおねえさんのマルタはなんだかいじわるな魔法使いの婆さんという感じがして、好きじゃないです。
なんかグリム童話とかアンデルセンを意識して書いたのかな、という感じでした。

「眠り」

寝むらなくても普段通りの生活が送れて更に夜は自分の時間が持てるようになった主婦の話なんだけど、怖いですね。もちろん、ラストの余韻が怖いんですけれど、眠らなくてもよいことで、だんだんと自分の意識が変化していくところが不気味というか砂を噛むような感覚を味わわせてくれるんですね。
それとこの短編集全体に言えることなんですけど、主人公たちがいまの結婚して安定したかに見える位置から自分の遠く隔たった10代の頃とかを比較して考えてどことなく不安になる場面が多く、奇妙なリアリティが怖くなる一冊でした。



★羊男★1998.3.15★

物語千夜一夜【第六十夜】

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