『迷える夫人』ウィラ・キャザー
訳者:龍口直太郎,小林健治 出版:現代アメリカ文学全集/2 荒地出版社

【紹介】"A Lost Lady" 1923
開拓建設期の活気と夢を失って、商業文明に毒されていく西部の小都会を舞台に、その運命の象徴であるような一人の人妻の姿を描く。
 
【感想】

西部開拓が終わりかけ、夢を失った実利主義的な世界に移行しようとしている、アメリカ19世紀後半の過度期の物語です。
「おお、開拓者よ!」が移民たちの新しい土地づくり、社会の建設を描いているのに対して、この作品は西部開拓地の社会の衰退、希望の挫折をマリアという女性を通して描いています。
かつての華やかな時代を象徴するマリアは、退職鉄道技師の妻です。夫より約20歳も年下で、才気と活力ある、魅力ある女性として描かれています。
その彼女が銀行の破産、夫の卒中、死といった打ち続く悲運に翻弄され、転落していきます。
生きていくためには、かつての開拓者の妻たちが持っていた高潔さも凛とした精神も惜しげもなく捨てていく彼女の態度には、夢を失ったフロンティア・スピリットの衰退がだぶって映ります。
西部開拓の精神に対するレクイエムのような作品といってよいのでしょう。

マリアを慕う純情なニールという青年の副主人公は、はじめ理想の女性の姿としてマリアは心の奥深く刻まれていましたが、次々と変貌していく彼女を見て、かつての熱情は青年の胸から失われていってしまいます。
これは人妻の堕落といったことを描いているのではなく、人間の心に潜む変転、パラドックスといったものを描き出しているのでしょう。それにしては終幕で、この女性がラテンアメリカまで流れていき、自らの欲望に対して成功を治めるところなど、こうした更なる変貌には次の時代を予言しているようなきつい視線も見られます。

しかしながら全編、西部開拓時代に対するエレジーであふれていて、それが鼻につかなければ非常に読みやすい小説ではあります。

★羊男★1999.11.24★

物語千夜一夜【第五十九夜】

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