『スタインベック短編集』ジョン・スタインベック
大久保康雄訳 新潮文庫
【紹介】
「本書におさめた十一の短編は、ジョン・スタインベックの短編集『長い谷間』(The Long Valley,1938)から訳出したもものである。
『長い谷間』には十五の短編が入っているが、それはここに訳したもののほかに、「赤い小馬」と題して1937年に出版された三つの短編と「開拓者」と題する一編をふくんでいるからである。
「赤い小馬」と「開拓者」は西川正身氏の翻訳がすでに出ているので、ここでははぶくことにした。
大久保康雄解説より
■短編集■
- 菊
- 白いうずら
- 逃走
- 蛇
- 朝食
- 襲撃
- 鎧
- 自警団員
- ジョン熊
- 殺人
- 聖処女カティ
【感想】
この短編集のタイトルとなっている「長い谷間」というのは、この作品の中の舞台となっていることのみならず、スタインベックの精神的にも深い影響力、愛着を与えている、カリフォルニア州中部のサリナス渓谷を指しています。
そしてこの短編集に入っているそれぞれの物語というのは、スタインベックがいくつかの長編で描いているテーマを非常に素朴なかたちで描いているものが多く、彼の「怒りのぶどう」や「エデンの東」といった代表作を読んだ後に読むと感慨が深くなる作品群だと思います。
したがって反対にこの短編集からスタインベックを読んでしまうと、退屈で何を書きたいのか、よくわからない昔の作家というイメージを持ってしまうと思います。
この辺りがスタインベックという作家が最近ではほとんど話題にのぼることがない、要因のひとつだと思うんですね。
特にスタインベックの描く人物というのは、富裕、あるいは市民階級ではなく、好んで底辺を移ろう人びとが多く、そのディティールや彼等のデリケートさを描いているため、現代の一般的な生活者が抱えている複雑で神経質な不安といったものではなく、シンプルな生に対する喜怒哀楽を描いているので、非常に古臭い教条的な小説に見えてしまうのだと思います。
しかし生に対する原初的な感動というものは連面と人間の感情の中に残っているものなので、教科書的なイメージが払拭されたあとの読後感というのは、なかなかそこらの現代小説では得られない新鮮さが残ることになります。
ということで、この短編集は大作の後の読後感の余韻を味わうための小品としてお薦めを致します。
★羊男★2000.1.3★
物語千夜一夜【第五十七夜】
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