文春文庫
例えばこの中に収められている「アステロイド観測隊」というのは「スイッチ」というちょっとおしゃれな雑誌に載った時に読んだ印象では、かっこいいじゃん、という感じで読んだのですが、今回再読してみると、非常に柔軟なんだけど緻密な構成になっているんですね。天文学者たちの西太平洋の島国での冒険が色鮮やかに伝えられてきます。
「眠る女」という作品は、満ち足りた主婦がある日際限のない眠りにひきずりこまれていくという話です。舞台は米東海岸。その逆の眠らない女という都市伝説的なテーマの短編が村上春樹にもありますが、池澤夏樹のこの短編では主婦の日常性が沖縄の神話的な世界へと繋がっていきます。このあたりにも、伝統的な手法への接近といった印象を受けます。
「パーティー」は甲信越のどこかの山中が舞台の池澤夏樹風恐怖小説です。
「最後の一羽」は人間の環境破壊を、北海道で最後のシマフクロウを主人公としてその視点から描いた静かな短編です。
「贈り物」。舞台は港区。現代の都市生活の疲労感を描いた小品です。
それに対して「鮎」は、近代の金沢を背景に出世の栄華と心の貧乏さの対比を描いた昔話風の短編です。
「北への旅」も人類絶滅を静かに描く一種の恐怖小説です。舞台は北米。私はこの静寂さがとても好きですね。先進国の現代人というのは心のどこかにこうした崩壊後の静謐というものを望んでいる節があると思うんですけれども。
表題の「骨は珊瑚、眼は真珠」は作者の死生観というより、これも現代の日本人がどこかで願っているような生の執着からの自由を死者の視点から描いた作品です。
「眠る人々」は物語全体が暗喩で満ちているような、わかりにくい作品です。おそらく現代人の不安というものを人類とか地球とかいった非常に大きなスパンで描いているのだと思いますが、霧の先を見ているようで難しい小説だと思います。
とにかく、この本は非常に深い、読みがいのある短編集でした。お薦めです。
物語千夜一夜【第五十二夜】