『果てしなき流れの果てに』小松左京

ハルキ文庫


【紹介】
N大学理論物理研究所助手の野々村は、ある日、研究所の大泉教授とその友人・番匠谷 教授から一つの砂時計を見せられる。それは永遠に砂の落ち続ける砂時計だった!
白堊紀の地層から出土されたというその砂時計のなぞを解明すべく発掘現場へと向かう 一行だったが、彼らは知る由もなかった−その背後で十億年もの時空を超えた壮大な戦 いが展開されていようとは。
「宇宙」とは、「時の流れ」とは何かを問うSFの傑作。

【感想】

1965年作、孤立する文明史観。

2001年の正月はロボットが巷をにぎわせていたようだ。
1月1日の新聞広告にはPHSなどを利用して超遠隔操作ができる人間型ロボットが、大丸に初売りの応援に駆けつけたそうである。
昨年も、本田技研工業が造った「アシモ」という、安定した二足歩行を達成した本格的な人間型ロボットが話題をさらったりしている。
人間型ロボットやら犬型ロボットなど、行動判断ができるロボットたちを見ていると、私たちはかわいいという感情を持つようだ。

こういう、かわいいといった感情を持つことはロボットを他者としては見ていない。
自分たちの支配下にあるから、安心して接することができるからだ。
しかし相手が生身の子供だとそうはいかない。
自分の思い通りにならないから、親はストレスがたまる。
それがドメスティック・バイオレンスを生む。
実際にはそんなに単純ではなく、それさえ表面的なことにすぎない。
それを今の時代の人たちは「生」として実感できるから、出来事に焦点を与えて、その複雑さを分析する。
それで安心するのではなく、その複雑さに暗澹たるものを覚えて、不安になる。

「果てしなき流れの果てに」にある文明史観は、そうしたいまの日本全体がおちこんでいる閉塞に脱出口を織り込む可能性をもっているような気がする。
もちろん、この小説はSFだから、その脱出方法というのは経済政策とか教育問題などとは関係ない。
意識とは何か、知性とは何か、存在とは何か、というのがこの小説のテーマである。
宇宙の意識、地球人の意識といった今ではエグイような感覚を使用した文明史観は、ホラー系の心理的葛藤を描いた堕地獄小説よりも、陽射しを求めて未来を語れる政治的言語を模索できる体系になっているような気がする。
小松左京は実直に、自分をつちかってきた文学や科学があたえてくれた直感を、SFという舞台を使って、人類の文明を描いている。
その実直さが非常にいまでは古くさく、埃にまみれているだけに、その未来を描ける価値に私たちは気付いていないのではないか。

それと小松左京のこうした壮大な物語に共通している背景に、仏教的無常観といった言葉で表される雰囲気がある。
それがよく東洋SFとしての独自性を貫くものだと評価されてきている。
確かに現在のようにアメリカナイズされた思考が仕事や生活において非常に有効な力を持っているので、いまこうした作品を読むと高潔というか、時代と隔絶した印象を受けてしまう。
例えばそれは仏教系の新興宗教が提示する、馴れ馴れしさとは混じり合わない、別次元の思考とさえ感じられる。
この仏教的無常観というのは、小松左京が言説の空白が生じた戦後世代であったことから推測されるといった解説を読んだことがある。
おそらくこうした状況というものをこれまで私たちの世代などは想像できなかったのだが、これまでの国家や企業の権威が喪失した現在よりこれから、相似した時代が来ているのかも知れない。
その混乱の中で未来をどう語るかがやっぱり重要な処世術となってくると思う。

そのときに印象的な言葉として「セミセリアの時代」といった考えがこの小説の中に出てくる。
主役級の人物である野々村と番匠谷教授が新しい知性を論じている会話の中に次のような掛け合いがある。

「もっともシリアスな知性を、いつでも自分で茶化すことができるようになれば、あえて道化役を設定する必要もないわけですよ」
「人類総道化か」教授は息がつまりそうにクックッと笑いながらいった。
「これからはジョバンニ・ベルシェのいうみたいに、半分まじめ(セミセリア)の時代になるかな?」

大政翼賛会やソビエト共産党のような硬直した言説に囚われてしまう危険を回避していくには、覚めた知性が必要であり、現代はそうした流れの中にあると思う。
私たちは日本の政治に冷め切っているけれども、もっともっと冷め切らないと私たち自身を茶化すことはできないということだ。
そしていま私たちが直面している、不登校や少年犯罪といった世界の未明さに対する混乱もその序章の一部であるといったような、番匠谷教授の一節を最後に引きたい。

「だが、そのためには、人類の物質生活がつまり生産力がもっと上昇し、分配過程の矛盾が完全にとりのぞかれて、人類が物質的富を意識しないですむほど、生活がゆたかになることが前提になる」


★羊男★2001.1.17★

物語千夜一夜【第四十一夜】

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