『上海』横光利一

講談社文芸文庫


【紹介】
1925 年、中国・上海で起きた反日民族運動を背景に、そこに住み、浮遊し彷徨 する一人の日本人の苦悩を描く。
死を想う日々、ダンスホールの踊子や湯女との接触。中国共産党の女性闘士芳秋 蘭との劇的な邂逅と別れ。
視覚・心理両面から作中人物を追う斬新な文体により不穏な戦争前夜の国際都市上海の深い息づかいを伝える。昭和初期新感覚派文学を代表する、先駆的都会小説。

【感想】

これはとにかくかっこいい作品で、日本がまだ上海にも強い権力を有していた 時代の物語です。内容的には日本の商人やら日本で食い詰めて大陸に渡ってきた浪人 (受験生じゃないよ)やら娼婦たちの一種の変形恋愛ものです。

これも『寝園』同様、強力な知性でいわゆる「魔都上海」の魅力を充分以上 に描写している作品です。
おそらく作家自身もこの小説の主人公は「魔都上海」と 位置付けて書き上げたのではないか、と想像して違和感のないエキゾチックかつ エキセントリックな、まるで冒険小説の帯につけられるようなコピーがづらりと 並んでもおかしくない!すごい出来栄えです(笑)。

この作品はもっと有名になってもおかしくないと思うんですけど、ジャンルを 挙げるとすればこれはまさに、サイバーパンク!であります。
始祖ギブソンと煽導者ブルースターリングの傑作合作歴史改変SF 『ディファレンス・エンジン』に優るとも劣らない長編でしょう。

無政府状態の上海を舞台にしたロードノベルの要素や植民地の革命運動を描いたり しているが、何故か文学なのである。
その秘密はおそらく吉本隆明のいう「世界視線」を先取りしていたためであろう、 と思われます。SF映画『ブレードランナー』以降の映像に影響を受けた表現、 簡単にいうと世界、あるいは地球を鳥瞰的に眺める視線の延長上の思考、 新宿高層ビル群を象徴とした巨大なエネルギー態としての高度資本主義の思考を 「世界視線」(ほんとはもっと違う表現なんでしょうが、(笑)) とするのですが、その原型、原石のような小説といって良いでしょうか。

はじめてこれを読んだ時には、日本にもこんなすごい小説があったんだ、という 驚きでした。とにかく、陰謀渦巻きめくるめく上海の視線が熱く感じられます。

結局、凄いすごい以外のことは何も言っていないような気がしますが、 私はこの小説を読んだ後、たまらなくなって会社に辞表を出し、現実の上海に旅立って行ったのでありました。おわり。


★羊男★1995.10.24★

物語千夜一夜【第四十夜】
 

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