『黒の碑』ロバート・E・ハワード

訳者 夏来健次 出版 創元推理文庫


【紹介】
人類だけが常に地球の主だったわけではない。
そう、今もなお〈旧支配者〉は世界の何処かに潜み、虎視眈々とわれわれを狙っている―H・P・ラヴクラフトが生みだした〈クトゥルー神話〉。
本書は、あのコナンの生みの親がおくるクトゥール神話傑作短編集である。
表題作をはじめ、「妖蛆の谷」「獣の影」「闇の種族」「大地の妖蛆」「鳩は地獄から来る」など全十三編を収録した。

【感想】

クトゥルー神話という、ラブクラフトを始めとするアメリカの作家たちが造り上げ た架空の暗黒神話を初めて読んだのは、季節柄もよい暑い夏のことだった。
まだ自分が高校生の頃で、古本屋で「SFマガジン」を漁っていると今まで聞いたこ とがない「クトゥルー神話体系」特集という見出しを眺め、なんとなくひたひたと したものを感じて買ったのが始まりだった。

なぜかこの雑誌はいまだに手元にある。
当時定価で450円、古本値が270円だ。
当時はこれほどのものを買うのにも逡巡していたものだ。
懐かしい小松左京や星新一の名前とともに、ラブクラフト「闇に這う者」、ハワー ド「黒い石」、ヒールド「永劫より」、ロング「ティンダロスの犬」といった短篇 が並んでいる。
ラブクラフトを訳しているのが荒俣宏、ハワードを訳しているのが鏡明だ。
のちにハマることになるハワードの「コナン」シリーズの訳者たちだ。

これらを読んだとき、本当に寒気がしたのを覚えている。
宇宙的な壮大さで暗黒の神話を語る物語は、当時の鬱屈とした日々の中で想像力豊 かな世界にのめり込む楽しさをもたらしてくれたものだった。
その後、訳されているラブクラフトの本はほとんど読んだと思う。
とはいってもまだラブクラフトブームが起きる前だったので、今のように全集など なかったから、すぐに読むものが無くなってしまったけれど。

いわゆるクトゥルー神話体系というのはラグクラフトの作品をベースとした、数々 の文学者が参加した、創作神話であり、恐怖小説群のことだ。
邪神を祭る忌まわしい禁断の祭儀や、黒魔術を操る教団、古き神々と旧支配者の時 空を越えた戦いなどに関わった人々の、恐るべき体験談、もしくは手記という形を 取っているものが多い。
このふたり以外に、表的な作家として、オーガスト=ダーレス、スプレイグ・ディ ・キャンプなどが有名だ。

日本でも、クトゥルー神話体系を基にして、たくさんの作家が書いている。
私はどれも面白いと思ったことがない。
それはやはり、これら創始者たちの書いたものは時代の背景を色濃く残していて、 アメリカ人が積極的に世界を舞台に戦争を始めた頃で、それによって様々な世界の 文化を吸収しようとしていた時の、いわゆるエキゾチックな世界観が色濃く表れて いるあたりが逆説的にも、あるいは風俗的にも未知の世界としての不可侵的な領域 をうまく描いているからだと思う。

これらの特色はとくにハワードには顕著なのだ。
彼の「蛮勇コナン」シリーズに特有の、おどろおどろしい未知の世界への恐怖感が この短編集にもうまく表現されている。
それはハンガリーの山深くで発見された不可解な黒い碑石であったり、古代ローマ 時代のブリテン島を舞台にした物語があったり、ローマの圧政に耐えかねた部族が 復讐する話であったり、中東の砂漠を舞台にした宝石泥棒の物語もある。
かと思えばまるでフォークナーが描くようなアメリカの怪談話があったりするのだ。

いま読むとそれらのおどろおどろしさは私たちにはうまく伝わってこないところが あるけれども、たまにはクラッシックな雰囲気というのもいいものだ。
けっこうストーリィ展開にスピード感があるので、読みやすいとも思う。
とスリルを与えています。
まあファンにとっては、「闇の種族」で登場するコナンがご愛嬌。

●ロバート・E・ハワード
Robert Ervine Howard(1906-1936)
米国テキサス州生まれ。
数多くの通俗雑誌に、ホラー、ファンタジイ、スリラー、ウェスタン等を量産した。
1936年、最愛の母親が癌で危篤状態になったことを知り、ピストルで自らの頭を撃 ち抜く。
怪奇幻想小説の世界とアクション・ヒーロー物とを組み合わせた、後にヒロイック ・ファンタジイと呼ばれる、古代ハイボリア大陸の英雄コナン・シリーズが世界的 に有名な作品である。


★羊男★2002.8.19★

物語千夜一夜【第三十九夜】

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