『夏の庭』湯本香樹実

新潮文庫


【紹介】
町外れに暮らすひとりの老人をぼくらは「観察」し始めた。
生ける屍のような老人が死ぬ瞬間をこの目で見るために。
夏休みを迎え、ぼくらの好奇心は日ごと高まるけれど、不思議と老人は元気になっていくようだ―。
いつしか少年たちの「観察」は、老人との深い交流へと姿を変え始めていたのだが…。
喪われ逝くものと、決して失われぬものとに触れた少年たちを描く清新な物語。

【感想】

夏休みという言葉にはとても心地よい響きが含まれていると思う。
ただそれは自分にとってなにかしらの思い出がある場合に限られることなのかも知 れないけれど。
夏休みなんて嫌なことばかりだったという人がいてもおかしくはないし。
この小説は小学6年生の少年たちの夏休みを描いたものだ。
そして彼らは夏休みに特別な想いを将来、持つだろう人々だ。
だから万民向けではないにしろ、日本の蒸し暑い夏、あるいは白い入道雲と木洩れ 日、それに蝉がうるさい夏というものになんらかの郷愁を覚える人にとっては、読 んで損はない本だと思う。

ストーリーは仲のよい3人の少年が町はずれに独り住む老人と深い交流を織りなし て行く様を優しく描いている。
まあ現代のおとぎ話みたいなものだ。
そこでは幼い子どもの視点から世の中にあふれている日常の、くもりのない光景が 描かれている。
あるいは世の中に対する好奇心や、文学的なテーマである生と死を、彼らの幼い思 考のもとにとても自然に描いている。
とてもよくできた小説だし、胸を熱くするものもある。
自分の心の引出しに閉じ込めてあった「夏休み」といったもののありかを教えてく れたりもする。

私にはこの小説で語られているような体験はまったくないにも係わらず、どこかで そんなこともあったかも知れないと錯覚させてくれる。
まあ、癒し的な物語でもある。
それでもどこか覚めた自分がいることにも気づく物語でもある。
確かにとても現代的な設定で、それぞれの少年たちの親は離婚したり、キッチンド ランカーであったりとまったくの童話的な情景で描かれているわけではない。
それでもひどく幻想的なのだ。

それがなんなのだろうと読後に思っていたのだが、たまたまテレビでスタジオジブ リのアニメ「耳をすませば」を見た。
これも夏休み的な物語だ。
少女がある少年と出会うことによって、自分とはなんなのかという、これも古典的 なテーマのもとに成長を描いて行く物語だ。
これらの宮崎アニメに共通しているのはどこかファンタジー的な要素があふれてい ることだ。
どんなに現実的な設定でも夢見る雰囲気が背景ににじんでいる。
これらに共通しているのは確かに心の優しさとか、ものを見る視線の低さとかいろ いろあるとは思う。
でもこの映画を見て思ったのが、主人公である少女を描いているのは男性的な視線 であるということだ。

「夏の庭」という小説でも感じたのは、ここに登場する少年たちはどこか現実的で はなく、ピュアな想像上の生き物のような気がしたのだ。
女性が描く少年。
男性が描く少女。
どちらもこの世には存在しないようなけうな生き物を作り出しているのだ。
そこに違和感が生じてしまうのだと思う。
決してファンタジーが他の物語として低いものとして見ているわけではない。
こういった癒しの物語が嫌いなわけでもない。
ただ、世の中のみんながこうした物語を求めているのは、実はひどく寂しいことな のだということに気づかされることが、非常に不安なのである。

国力の低下とノスタルジーには深い結び付きがあるし、治安悪化とファンタジーに はシーソーみたいな関係があるのではないかと思う。
良質のファンタジーが量産される国は決して住みやすい国ではないのではないか、 ということだ。


★羊男★2002.8.4★

物語千夜一夜【第三十八夜】

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