『ヒュウガ・ウイルス』村上龍
幻冬社文庫

【紹介】
「21世紀はこの小説で始まる。」
点状出血、内臓溶解、骨格筋の爆発的なケイレン、信じ難い致死率の出現ウイルスは何を象徴しているのか?
ずれた時空の日本を襲う生存への最大の試練。
世界人類が迎えた<最後の審判>を刻む衝撃のドキュメント。(帯より)

【感想】

読んでいる最中、子供の頃みた映画「ノストラダムスの大予言」を思い出していました。
この小説世界では「ヒュウガ・ウイルス」という絶対的な滅亡 をもたらす細菌が猛威を奮っていて、その暗闇の中で姿を変えて生きている人間たちがでてくるのです。それほど救い難い世紀末世界を描いているのと、昨今のO-157などの事件もあり、ちょっと読みすすむのには辛いものがあるかも知れません。

『五分後の世界』の続編ということで、舞台は現代日本とはパラレルな世界、日本が太平洋戦争で降伏せずに、日本軍は長野の地下に都市を作って国連軍 と闘争を続けていて、日本の地上は米英中ソに占領され荒廃しているという設定のもと、九州のヒュウガに殺人的なウイルスが発生し、手に負えない国 連軍は「アンダーグラウンド」と呼ばれる日本軍にヒュウガ村を焼き払う密約をし、アンダーグラウンド軍はレトロウイルスのように掃討作戦を開始します。それに主人公であるコウリーというCNNの女性カメラマンが同行していくというストーリーです。

「アンダーグラウンド兵士はシンプルな原則で生きている。最優先事項を決め、すぐにできることから始め、厳密に作業を行い、終えると次の優先事項 にとりかかる。悲しいときに悲しい顔をしていても事態の改善はないことを彼らは子供の頃から骨身に染みて学んできたのだ。」

というような感じで、ここで描かれている日本の兵士は世界でも比類なく優秀な人間達として一貫して描かれています。龍氏が描こうとしているのは 「誇り」といったものだろうと思うのですが、話しが進むにつれてテンションがあがり、アドレナリンを誘発していくのは、さすがにストーリーテラーとしてうまいなあ、と感じいります。

でもそれだけではなく、明らかにこの小説には人類を滅ぼすべく猛威を奮うウイルス同様に、作者のメッセージが込められています。一貫した原理も信 仰もなく、欲望と浮遊したコミュニケーション、表層的な友愛に埋没している私たちに対して、龍氏は挑発を試みているように感じます。

更に世紀末という不安なファクターを導入する事によって危機感を切実な問題だという意識に気づかせようと筆をすすめているように感じられました。

また引用になりますが、これは物語の最後のあたりですが、たぶんこれを読んだだけでは、ストーリーには何の影響もないと思いますので、まだ読まれていない方でもさしさわりないでしょう。

「わたしはこれから、圧倒的な危機感をエネルギーに変える作業を日常的にしてきたか、を試されることになります、自信はまったくありません、多くの人が試されるのでしょう・・・」

まあ、このように前向きな思考・行動を求めている方にはお薦めいたします。どうぞ。元気が出ますよ。


★羊男★1996.8.2★

物語千夜一夜【第三十六夜】

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