『真夜中の滑降』アーウィン・ショー

中野啓二訳 早川文庫NV


【紹介】
人生にはいつ転機が訪れるか分からない。
もとパイロット、今はニューヨークの冴えないホテルの夜勤係ダグラスは、ひょんなことから10万ドルを着服してしまった。
ところが、それを元手にヨーロッパで新たな生活を営む決意をしたものの、金の入ったスーツケースをスイスの空港で紛失するはめに。
奔走した末ようやく探し当てたスーツケースを持つのは中年紳士のギャンブラー。
この出会いによって、ダグラスは未知の華麗な世界へと誘われてゆく・・・・・。
ヨーロッパ各地を舞台に、奇妙な友情で結ばれた二人の心優しき男の生きざまを瀟酒に綴る巨匠の佳篇。

【感想】

はじめて読む作家である。
仕事帰りに立ち寄った本屋のPOPに「在庫僅少、もう手に入らないかもしれませ ん」とあり、ついつい買ってしまった本である。
この手の惹句は古本屋好きにとっては殺し文句である。
しかしこれが大当たりで、釣られてよかったのである。
久しぶりに一気読みした小説だった。
しかも風邪をひいて寝込んでもいた。
エンターテーメントはこうでないといかんという話運びだ。
とはいっても最近流行りのジェットコースターではなく、昔ながらのメリーゴーラ ンドである。非常にストーリーが凝っていて、ふた昔前のゆったりとした人間の感 情を捉えながら話が進んでいく。

話の内容はパイロットである主人公の男が眼の病が発覚するところから始まり、今 はホテルの従業員をしている彼がひょんなことから大金を着服してしまったことか ら、奇妙な展開へと続いていく。
おそらくは闇金であろうそれを手にした彼はすぐさまヨーロッパに高飛びをする。
しかしスイスの空港で現金を入れた鞄がすり代わってしまい、男はわずかな手掛か りをもとにその鞄を手にしている男の元にどうにか辿り着く。
しかしそいつは山師で、主人公はこの出会いから山師の男と一緒にその現金を元手 にうさんくさい事業を次々と興していき、ついには大金持ちとなってしまい、華麗 なる世界で愛憎からめた物語が展開されていくというのが大雑把な流れで、それに この奇妙な縁で結ばれた男達の友情めいた活劇がからんでいく。

ほんとろくでもない三流映画のシナリオみたいな話だが、この山師と元パイロット の関係がだんだんと愛情深いものに代わっていくのが、変な表現だけどとても滋養 に富んでいて味わい深いのだ。
さらに元パイロットが築いていくワシントン官僚の女性との恋愛も感慨深く進行し ていく。

こういう古風といっていい、ストーリー展開に弱いんだよね。
というか自分がもう年齢的に新しいものは受け付けなくなってきているといったこ ともある。
受け付けないというか、めんどくさいという方が正しいかな。
新しい刺激を探すより、自分がよく知っている感覚とか知覚をもっと掘り下げたい という楽しみの方が強くなってきているのだな。
私自身、最近は人生も半ばを過ぎて、残り少ない日々を焦っているところもある。
でもまだ自分が読んでいない、読みたい本がごろごろ転がっている。
でも毎日をそうした読書にあてることなどできず、朝は決まった時間に起きないと いけないから夜更かしは厳禁だし(その前に夜更かしは苦手なのだけど)、仕事中 に本を読めるような会社ではないし、更に仕事のために読まなければいけない本で さえ山積みになっている。

ああ。私はいったい何を嘆いているのか。
このメルマガに登場する本に新刊がほとんどないのも、こうした嗜好のせいである。
いまでは埋もれてしまった本の中から面白いものを探して読む、ということをもっ ともっとしたいのである。

さて、この小説は感覚的にはポール・オースターに近いものがあると感じる。
この本だけではなく、この作家がそれに近いのだったらうれしいな。
またひとり読むべき作家が増えたことになるのだから。
しかしそれはそれでまた心配の種が増えるのではあるが。


★羊男★2002.4.21★

物語千夜一夜【第三十二夜】

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