講談社文芸文庫
よくある視線の、階級が下から上へという批判的な内容でもなく、上から下という
見下したものもなく、そのお金持ち階級社会をなんの嫌みもなく描いています。
内容的にもたいしたことがなにか起きるわけではなく、淡々とあの人がどうの
このひとはどーしたという話が続いていき、恋愛感情の描写なんかもすごく覚めて
います。
つまり情熱のないしょーもない小説なんですが、この作家の視点とか
描写の構成とか客観性がとびぬけてうまく、世界の再現性というものに驚きを
感じる小説です。
そのため登場人物にかなりなリアリティがあって、実際の昭和貴族達もこんなこと
をしてそんなことを考えていたんだろうなぁ、と説得させられてしまう筆力なのです。
経済学者の岩井克人が、「日本では過去4回アングロサクソン的論理が強まった
時期がある。最初は開国の時。2回目は大正デモクラシー。3回目が戦争直後。
そしてバブル崩壊後。」という事を言っています。
まさにこのアングロサクソン的論理が強まった雰囲気で描かれているのが
この小説の特徴であると言えます。
ここでは極力、日本的な感情は打消されていて、
物事の現象だけを、あるいは本質だけを記述しようという強い知性が働いているよう
に見えるのです。
それはやはりある支配的な構造が崩壊した時にたち現れてくる
知性の本質、かっこいい言葉でいえば、フッサールの現象学的還元というものなの
かも知れません。
う〜ん。つまりは普遍的な作品として後世に残ってきたという事を言いたかった
のですが(笑)。
物語千夜一夜【第三十一夜】