『斜陽』太宰治
【内容】
昭和22年に発表され、”斜陽族”という言葉を生んだ太宰文学の代表作。
真の革命のためには、もっと美しい滅亡が必要なのだという悲愴な心情を、 没落貴族の家庭を舞台に、最後の貴婦人である母、破滅への衝動を持ちな がらも”恋と革命のため”生きようとするかず子、麻薬中毒で破滅してゆ く直治、戦後に生きる己れ自身を戯画化した流行作家上原の、四人四様の滅びの姿のうちに描く。
(新潮文庫・背表紙より)


【感想】
さてこの本を読むのは10年ぶりぐらいになるのかな。なんとなく読み 返してみたい気分になりまして。

ここ半年ばかりアメリカの小説ばかり読んでいたせいか、描写が妙に美 しくてなんか情緒的に読んだのですが、それは例えば行間に日本を読むような間合いの美しさではなくて、文章のちょっとした「襞」に現れる 光景なんかがぐっとくるんですね。

ほんとたいしたことがない描写がとてもよくて、例えば主人公と言える かず子が母親を眺めている光景、「私ひとり石段をゆっくりのぼって来 ると、石段の上の、藤棚の蔭にお母さまが立っていらして」なんていう 表現に、ぐっと来たりして楽しんで読めました。

まあ物語的には主人公のかず子が小説家に少女的な恋をかたるあたりな んかは食傷ぎみで今のご時世ではなんだかねこれって変な痴女のお話? などと言われかねない展開なんだけど、そこはやはり太宰ですからだん だんとそういった気恥ずかしさを忘れるほど濃い展開になっていくのはいまだに「夏の百冊」あたりに選ばれる面目躍如といったところですね。

そして「人間は恋と革命のために生まれてきたのだ」というフレーズは なかなかクサイにも関わらず、いまだにびんと来るものがあったりするとこがなかなか。 そしてラストでかず子が「ギロチン、ギロチン、シュルシュルシュ」のくだらない小説家の私生児を産む決意をするくだりなどのセリフは びしっと決まっていて、かっこいい。潔い。

「この世の中に、戦争だの平和だの貿易だの政治だのがあるのは、なん のためだか、このごろ私にもわかって来ました。あなたはご存じないで しょう。たから、いつまでも不幸なのですわ。それはね、教えてあげま すわ、女がよい子を生むためです」

このまま太宰もつっぱしってれば無頼派と呼ばれた通り、しぶとく自殺 なんてすることはなかったんでしょうけど、結果的にはこの「斜陽」は 太宰にとっては代表作ではなかったのでしょうね。別な方向性もあった のではないか、という意味では「津軽」もそうだと思うんですけれども。

「斜陽」はこの路線でいけば坂口安悟よりもっとわかりやすくてかっこ よい小説を残せたような気がしますし、「津軽」にしてももっと普遍的 な家族小説が書けたんじゃないかな、と思ったりするんですが。

太宰は中学高校時代にほとんど読んだのですが、やはり今読むとその頃 惹かれていたデカダンス的んものははながついてしまって、太宰の視線の先の考え方なんかに興味がいくようになりました。

こうした定点観測にも似た本がいくつかあると、まあ生きてるのってけ っこう楽しいじゃん、と思えたりしますね(笑)。
でもまだ太宰の本を全部読み返したりする時期ではなさそうだって感じ ですかな。だって、不景気なときに読むものではないような(^^;)


★羊男★1998.8.30★

物語千夜一夜【第三十夜】

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