『深層生活』アルベルト・モラヴィア
訳者:千種堅 出版:ハヤカワ文庫

【紹介】
売春婦の子として生まれ、大金持ちの養母に育てられたデシデーリアは、色 香ただよう18歳のとき極左テロリストになった。醜い肥満児からスラリと した美少女に変身した彼女に、性倒錯者の養母が色目を使いはじめたのが発 端だった。
ある日、ジャンヌ・ダルクばりに”お告げ”を受け、養母との歪んだ生活に ケリをつけ、革命に処女を捧げることにしたのだ・・・現代のテロリズムと セックスを描き、世界の終末を暗示する話題の大作。


【感想】

イタリアの70年代というのは共産党が大躍進して、アメリカや日本の学生 運動とはまた違った、過激さが様々な構造や表現を壊しては造りあげていっ た時代だったような気がします。

この小説もそうした激しい時代の渦中に生まれたもので、倫理の省察などと いった良心などこれっぽっちもない展開が繰り広げられる強烈な内容ですが、 こうしたいわゆるモラルハザードが既に70年代に書かれていたということ を考えてみると、現在の日本の都市光景に見られる少年少女たちの倫理感の 喪失といったものと非常に同質なものであることに驚かされます。

そうした既視感が生じるのは、「お告げ」といった 神権的な装置を物語の中心に据えることによって、未来的なイメージを増幅 させているからなのでしょう。
カトリックという宗教が生活環境を造ってい るイタリアならではの舞台装置なわけですが、日本の場合にはこの少年少女 をとりまくひとつの神権的な装置であるマス・メディアが「お告げ」的な主 体を成していると、置き替えて読むことも可能だと言えるわけです。

こうした感覚は「ゴダールのマリア」といった、この小説と同じ装置で描い た映像や村上龍の「コインロッカー・ベイビーズ」といった様々な差別から 生まれてくる聖性的な「力」を舞台装置とした物語たちと通底している世界 で、辺境的で緊密な場所が一気に世界の中心的な場所に跳躍するというその パワーの開放のやり方はまさに70年代の奇妙な光景の一部、あるいは残骸 なんだと思います。

このデシデーリアという食べるしか能がない12歳の肥満児の少女が、物語 の最後では18歳の美しい女性テロリストになっていく物語は、内蔵の器官 的なぜん動とよく似た、未来の終末という言葉で集約するのがふさわしいか も知れません。

★羊男★1999.3.14★

物語千夜一夜【第ニ十三夜】

home