『犬の人生』マーク・ストランド

村上春樹訳 中公文庫


【紹介】
「実を言うとね、僕は以前は犬だったんだよ」「犬ですって」「うん、コリーだったんだ」―とことんオフビートで、かぎりなく繊細、村上春樹があらたに見出した、アメリカ現代詩界を代表する詩人の異色の処女"小説集"。

【感想】

アメリカ現代詩を代表する詩人の短編小説集だという。
しかも処女作だという。
村上春樹が訳したのだから悪いはずがない(ファンなので)。
とても変わった雰囲気がどの短編にも流れており、語り口もこれまた妙味ある静か なものとなっている。
この雰囲気というのが、それぞれの短編によって違ってくるが、それはアレン・ ギンズバーグであったり、カルペンティエールのようだったりする。
いま挙げた名前のようにマイナーな作家だけれども、彼らの作品は一部の人たちに とってはとても大事なものだというあたりの、その存在理由がとても似ているよう な感じなのだ。

アメリカという国に暮らす人々の生活を切り取った光景を描いているが、それらは 様々な土地の光景を描いているようであったりする。
ギンズバーグが描いたニューヨークのような都市光景を背景に描いたものもあれば、 なぜかとてもギリシャ神話的な雰囲気も漂っている短編もある。
あるいはカルペンティエールのようなラテンアメリカの小説に特有なディレッタン ティズムあふれる短編もある。

その中でもギリシャ神話的な生活世界を描いている作品は面白い。
それは登場人物にそうした妙な名前がついているせいもあると思う。
あるいは神々自身を登場させている、わけのわからない短編の印象もあるのだと思 う。
しかしそれだけではなく、ギリシャ神話に出てくる非常に人間的でエロティックな 神々とよく似た話が多いからだとも思ったりもする。
とうぜん神々に特有な思い込みと突飛な話の展開もありなのだ。
もちろんこの小説に登場する人々は普通に世の中で暮らしている人々なのだが、ど こか少しずれている。
そのずれ方が現代的でありながら、神話的な連想に繋がっている。
それが読者を引きつけるものだと思う。

ストーリー自体は訳者の村上春樹があとがきで書いているように完成されたもので はないが、詩人特有の深みのある世界を形成しているあたりに味わいがある。
また時をおいてもう一度読むと、それぞれの短編の印象が変わってくるのだと思え る短編集だ。
それほど問いかけてくる言葉の意味が深いということなのだろう。
詩人ならではの小説ということなのだ。
次に読んだときに自分がどんな読後感を持つかが楽しみな本でもある。


●マーク・ストランド
1934年カナダ、プリンス・エドワード島生まれ。
エール大学、アイオワ州立大学など学ぶ。
アメリカ現代詩界を代表する合衆国桂冠詩人。
さらに児童文学作家、翻訳者、編者、評論家など多彩な顔をもち、 「ニューヨーカー」ほか各誌に散文も寄稿している。


★羊男★2002.1.13★

物語千夜一夜【第二十二夜】

home