『蛍・納屋を焼く・その他の短編』村上春樹

新潮文庫


【紹介】
もう戻っては来ないあの時の、まなざし、語らい、想い、そして痛み。
静閑なリリシズムと奇妙なユーモア感覚が交錯する短編7作。

■短編集■

【感想】

 ここに収められている短編は淡々とした情景が続く小説と不条理な光景を描いた小説がなかよく並んでいます。

『蛍』
これは『ノルウェーの森』の原型にあたる短編です。
ある青年が東京に出てきて学生寮で生活をしている光景を切り取ったような小説です。既に長編の方を読んでしまった人にはものたりないカットですが、それでもじんとくるフレーズはいくつかあって、久しぶりの再読にはとってもいいです。

『納屋を焼く』

これは不条理もの。といってもストーリーはわかりやすくて、世の中から捨てられたような「納屋」を探して焼くことを趣味にしている不思議な男とその彼女、そして彼女の友人の小説家がパーティをするシーンとその前後談が淡々と書かれているだけなんだけど、どこか遠くを見つめながらぼーっとしたくなるような魅力を持っている短編です。

『踊る小人』

この短編集ではいちばん愛着がある作品。
ファンタジー仕上げの押さえるツボはきちんと押さえた、楽しい一編。小人が主人公の弱みにつけこんだ後の展開がぴりっとしている。

『めくらやなぎと眠る女』

これもまあ『ノルウェーの森』のような雰囲気をもっている短編。これは青春小説という感じでちょっとだけ胸が鳴く孤独な光景が深い色を残します。

『三つのドイツ幻想』

これは不条理?作品。まあカフカの短編と話の雰囲気は似ているんだけど、印象は全然違うのですね。カフカのそれは「世界」が怪物のような不条理で出来上がっていて、一般人の主人公と敵対している。
あくまで主人公は「人間」という社会学的存在で、あまり個性的な部分は持ち合わせていないのだけれど、村上春樹のそれは「世界」は私たちの身近な存在で成り立っていて、不条理のはずもないリアリティのかたまりなんだけれども、主人公の「個人的な思考・行動」が世界と拮抗するとき異様な不条理をかいまみせる。
あくまで「かいまみせる」のですね。
『ねじまき鳥クロニクル』がいい例ですけど、主人公には、なぜ自分はふつうに考えて、みんなの生活の迷惑にならないように行動しているのに、世の中にはわざわざ人の嫌がることを平気な顔でしたりするんだろう?といったようなニュアンスから生まれてくる「世の中」への不条理だったりするのですね。
小文字の不条理と言っていいかな。あるいは主観主義的不条理かな(笑)。まあそんな感じです。


★羊男★1997.10.7★

物語千夜一夜【第十六夜】

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