物語はオハイオ州の田舎町で始まり、ヒューという無学な男はその小さな町の駅で住み込みで働き始めます。
そして努力を重ねていくうちに電信技師として職を得ることになります。
その後ヒューは、自分の心の中に芽生え始めたある種の欲望のため、駅での仕事を辞め、当てのない放浪に出ていきます。
そしてビドウェルという土地で仕事を見つけた彼に転機が訪れます。
彼はそこで機械工作の技術を独学で覚え、ある時見た農民たちがキャベツの植え付けでたいへんな労働を機械で行うことができないかと、農業機械の発明に精魂を傾けるようになります。
その成功した農業機械に資本家たちが目を付け、ヒューを利用して機械工場を作り、町は工業都市として沸き返ります。
労働力を求める資本は、他国からの労働者をこの小さな町に呼び込み、更に町は発展し、暴力、アジ、ストライキといった大きなエネルギーを生み出していきます。
ヒューはそんな流れの中で、自分が生み出したものに呆然としてしまいます。
そうした男の心の中に埋もれていた内的なものを、様々に変容していくこの時代と触れあって、驚き悲しみ、変貌していく姿を遅々とした地味な筆致で描いています。
これはアンターソンのひとつの特徴だと思います。これを描くためには物語に破綻があっても気にしない、といった印象を受けます。
得てして構成力がないと言われるアンダーソンですが、これも現在のフィリップ・ディックを経ている読者にとっては気にならないばかりか、魅力でさえあると思います。
こうした人間心理の内奥を描く手法は、フロイトの心理分析から大きな影響を受けていると言われています。
そしてこの心理劇に大きな要素として加わっているのが、近代の工業社会への反発です。
そして物語は、途方に暮れたヒューと結婚相手である自意識が強い女性の心の葛藤を伴奏として、なかなか通いあわないふたりの心が工業社会という無機的な世界から背を向けることによって、ひとつになっていくところで終っています。
オーソドックスで紋切り型の表現も目立ちますが、非常に含みの多い小説だと思います。
物語千夜一夜【第十三夜】