『人間の絆』サマセット・モーム

中野好夫訳 新潮文庫


【紹介】
モームの精神的自伝であり、今世紀英文学の最高傑作のひとつ。
「えび足」という宿命の劣等感にさいなまれながら真摯に生き抜くフィリップの姿を、みじめな少年時代から、パリでの画家志望の暮らし、悪女ミルドレッドとの果てしない葛藤、医学への転身、サリーとの邂逅と愛の希望まで、徹底的にほりさげ描ききった大河青春文学。

【感想】

1915年発表のモーム代表作。自伝的要素が強い、大河的な教養小説です。
フィリップという足が不自由な少年が様々な体験ののちに幸福な伴侶を見いだす までの小説で、この少年を通してモーム自身の強烈な社会や人々に対する想いを 解放する目的で書かれたような小説です。
ですから、ヘルマン・ヘッセの書く成 長小説と似たような展開をしていくのですが、やはり舞台はドイツとイギリスで は全然違った様相を見せるし、ひねくれ者のモームですから、ストーリーも一貫 した思想を表現するためではなく、人生の諸相とはねじくれてるものなのだ、と いった複雑で冗長な展開が続いていきます。これが最後にはハッピー・エンドで 終わるからいいものの、救いのないラストだったら、えらい疲れる読み物といっ た感想で終わることでしょう(^^)。

内容は、両親に死に別れたフィリップが叔父に引き取られるところから始まりま す。
少年時代のフィリップはその不具からいじめに会い内向的な性格になってい くエピソードが語られていきます。このあたりなんかはデビッド・ボウイのそれ と似ていたりなんかします。
その後、フィリップはドイツに遊学して、様々な学問と友人に出会います。ここ ではイギリス人、ドイツ人、アメリカ人といった若者がフィリップの周りで文学 談議などを繰り広げていくのですが、モームのそれぞれの国に対するスタンスが 伺えて面白いです。

遊学後、彼はロンドンで会計の仕事に就くのですが、見込みもやる気もなくて全 然ぱっとしない生活を送ります。
こんなことをしていても仕方ない、ということで、それから彼は画家になるため にパリに出てボヘミアン生活を送るようになります。ここで生涯の友人を見つけ ますが、自分の才能のなさに見切りをつけて、今度は医者になるために四苦八苦 が続きます。

ここで登場するのが、ミルドレッドという彼の生涯をことごとく不毛なものにし てしまう女性が現れ、彼が彼女にひっぱりまわされる日常をモームは延々と描い ていきます。ついには浮浪者になってしまうほどの破滅を味わうのですが、そう した苦難を乗り越えて、立派な医者になっていくというストーリーです。

とにかく旧弊な小説なので、わかりにくいところなどもありますが、一度読み出 すとやめられないほど、面白いです。かなりだらだらとした冗長な展開なのです が、最近の小説では味わえない濃密さ、人間性の濃淡、といったものが追体験で きる小説です。モームの最高傑作、あるいは20世紀英国の最高作品のひとつと 言われているのも、もっともだと頷けるいい作品でした。


★羊男★1999.1.31★

物語千夜一夜【第六夜】

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