『マシアス・ギリの失脚』池澤夏樹
新潮文庫

【紹介】
南洋の島国ナビダード民主共和国。日本とのパイプを背景に大統領に上りつめ、政敵もないマシアス・ギリはすべてを掌中に収めたかにみえた。
日本からの慰霊団47人を乗せたバスが忽然と消えるまでは・・・・・。
善良な島民たちの間でとびかう噂、おしゃべりな亡霊、妖しい高級娼館、巫女の霊力。それらを超える大きな何かが大統領を呑み込む。
<背表紙より>

【感想】

「南の島」というと楽園のイメージがありますが、実際にはそこに住んでいる人たちがいて、様々な欲望のもとに俗悪な物事が起こっていることをつづっている物語です。

この物語の主人公は「南の島」の大統領で、夏樹さんの筆致にはとても魅力的な人物として描かれているのですが、その実はよく歴史上に登場する独裁者とたいして変わらぬ陰謀をはりめぐらす政治家です。

それでも彼の内面を南の国の陽射しさながらに映し出す描写はこの独裁者への好感をつのらせていきます。書名にもある通り、この独裁者はその高座から失脚する運命にあるのですが、そのあたりから描き出す光景は神話 的な色彩を強めていきます。

この南の島最大の祭礼が行われる中、独裁者はひとりの島民として自分の人生の意味を振り返りつつ、果たして政策あるいは行動は正しいことであったのか、悩み始めます。それと重なるようにして、独裁者には見えない「力」 の働きが行方不明になったバスの噂を通じて、世俗的な権力とは異なる世界が徐々に独裁者を侵していきます。

長大な物語にしては少ない登場人物達はそれぞれとても個性的で、次第にその人たちの興味が深くなってくるように、うまくストーリーが組み立てられている事に、とても満足が得られる、静かな小説です。

文庫に入るまで待っていた甲斐があった、とても豊かな小説でした。


★羊男★1996.7.10★

物語千夜一夜【第四夜】

home